「人生最悪の夜」の翌日の長い夜が続く。
-------------------------------------------------
俺:「“どうして、そんな事を??”なんて聞いても、俺の満足いく答えはくれないんだろうね・・・」
K:「自分でも、どうしてだか分からない。ただ、とても寂しかったんだ。自分の身体を求めてくれる男と交わっている時だけ、俺は一人じゃないと実感できたんだ。」
年下の男Cが俺達の前に現れる前から、Kはずっと、俺以外の男と交わっていた。
だから、Kの行動(=他人とのリスキーなセックス)は、Cの存在とは無関係なはずである。
ならば、この俺自身が、恋人である彼にそこまでの孤独を与え続けたという事なのだろうか?
俺は、自分が理想的な恋人でも、良心的なパートナーでもなかった事を理解している。
しかもこの2年間は全くセックスレスであり、俺自身も自己の性欲をK以外の第三者により処理してきた。
そして、1年前にKが「セックス依存症だ」と告白した時、俺はそれを信じようとしなかった。
今思えば、それを真摯に受け止めて、2人で乗り越えていくべきだったんだ・・・。
-------------------------------------------------
俺:「検査を受けた病院では、“今後どうすれば良いか?”、相談に乗ってくれたんやろ?」
K:「うん。自宅から通いやすい拠点病院を2つ紹介してくれたよ。そのうちの1つに、明日行く予定だよ。」
K:「そこでいろいろと検査をやって、これからの治療や投薬の方針を相談することになると思う。」
俺:「明日、一緒に病院に付いていってあげたいけど、どうしても仕事を休めないんだ。しかも明日夜は大学の先輩方との飲み会で、昨日の職場の上司みたいは“当日キャンセル”はできんし。」
K:「いいよ。タロがそう言ってくれるだけでも嬉しい。明日、病院で何か判ったら、すぐにメールをするね!」
-------------------------------------------------
その日、帰ろうとするKを引きとめ、一緒にベッドで横になった。
灯りを消して、いろいろと昔話をした。
俺:「そういや俺が京都に暮らしている時、俺が○○士試験を終えたその夜に兵庫から京都に車で来ようとして、お前は京都市内で事故ったよな? こっちは試験で疲れているのに警察まで呼び出されて、ほんまに散々だったわ。」
K:「よく言うよー。あの日、国家試験を終えたばかりのタロが、今にも死にそうな声で“今夜、絶対に京都にきて!”って言うから、こっちは仕事で寝ていないのに車を走らせたんやん?」
俺:「この前、京都在住時代のデジカメ画像を整理していたらね、ほんと2人とも若いんだよ。そりゃ、10年前の20代だから当然だろうけどね。」
K:「タロのアパートの近所の加茂川で、近くで買ってきたパンを食べたりしたよね。そういや、アパート近くにあったフォルクスってまだあるのかなぁ?」
俺:「あの頃、フォルクスで一緒にステーキを食べるのが、フリーターであった俺にとっては一番のご馳走だったんだよなぁ。もう1回、行ってみたいね!」
俺は昔の事を語りながら、「いつでも手にする事ができる」と信じていた、「俺とKの恋人としての時間」が、もう手の届かないところに行ってしまった事を改めて認識した。
灯りを消している為、Kには気付かれていないかもしれないが、俺の目からは絶えず涙がこぼれ落ちていた。
既に枕はびしょ濡れなのに、目から湧き出す水分は留まる事を知らないようであった。
Kが静かな寝息を立て始めた時、俺は小さな声でこう言ったんだ。
俺:「Kよ・・・ごめん。」
俺:「どうやら俺は、幾つかの大切な選択を間違ってしまったみたいだ。」
-------------------------------------------------
深夜1時。
突然、携帯電話が鳴った。
・・・Cからだ。
俺は寝室を出て、マンションの部屋からも出て、誰もいない非常階段にて電話を取った。
11月末の夜中の非常階段はとてつもなく寒いが、そんな事は関係ない。
C:「昨日今日とバタバタしててごめんね。今夜もずっと急患続きで、今ようやく手が空いたんだよ。」
俺:「お疲れ様。こっちこそ、飲み会だと知りながら電話をしてしまったりして申し訳ない。」
C:「何か、あったんでしょ? 普通じゃない”何か”が。」
俺:「なんで、そう思うの?」
C:「そりゃあ、普段のタロを知っているから分かるよ。」
俺:「そっか。実は・・・・・・。」
------------------------------------------------------
事実を聞いたCは、電話越しではあるが、驚いた様子はなかった。
俺:「驚かないんだね?」
C:「うん。だって、Kさんにセクフレや愛人がいる事が判明したくらいじゃ、今更、タロは動揺したりしないはずだもん。」
C:「そんなタロが動揺して、飲み会だと知りながら俺に電話をしてくる程の事態と考えると・・・考えられる可能性はそう多くはないもんね。」
俺:「相変わらず、憎たらしいくらい頭が回るヤツだ。」
C:「俺が言うまでもないけど、今、タロができる事は限られているし、Kさんも明日病院に行くんだから、専門医に委ねるしかないよ。だから、自分を責めないでね?」
俺:「・・・ありがとう。」
俺:「実は、Cに相談したい事があるんだ。Kははっきり言わないけど、明らかに顔色が悪いし、全身に湿疹もできていて状態は宜しくないんだよ。」
俺:「だから、Kの心身の状態が安定するまで、しばらくウチに住まわせて俺が面倒みようと思うんだけど・・・どうだろう?」
C:「うん。それが適切な判断だと思うよ。」
俺:「・・・ゴメンな。」
C:「なんで俺に謝るんだよ。とにかく、近日中にタロに会いたいよ〜。」
俺:「俺もだよ。だけど明日からしばらく、俺もCも予定続きなんだよな。」
俺:「次回、お互いに予定がないのは1週間後の12月2日かぁ。じゃあ、2日には是非会おう。」
C:「仕方ないね。お互い、忙しい立場なんだし。じゃ2日は俺も空けておくよ。その時に、ゆっくり話そう!」
俺:「了解。じゃ、おやすみ!」
-------------------------------------------------
部屋に戻り、俺はKが眠るダブルベッドに入った。
昨日に続き、Kは安らかな寝顔で眠りについていた。
2012年01月20日
2011年11月30日
最終章:2010年11月25日(木) (1)
「人生最悪の夜」の翌朝。
Kはこの日も夕方までバイトであったが、「今夜もウチにおいで」と伝えて出勤した。
ほんとは仕事どころではないが、かといって仕事に穴を開ける事もできず、ふらふらとした足取りでクライアントに向かう。
デスクに向かい仕事をするフリをするが、当然ながら全く集中できない。
何度も時計を見ては、「早く定時になれ!」と心の中で祈った。
この日、業務を終えてから、親しい上司と飲みにいく約束をしていた。
普段から可愛がってくれる上司のお誘いだから断るべきではないが・・・やっぱり今日は無理だ・・・。
俺は仮病を使い、上司との飲み会を翌週に延期してもらった。
--------------------------------------
仕事中、Cからメールが届く。
Cのメール:「昨夜はゴメン。帰宅したらすぐに眠っちゃってさ。」
Cのメール:「それで昨日はKさんと食事だったんでしょ?どうだった??」
俺のメール:「うん・・・・。今夜、ちょっと話せないかな?」
Cからの返事:「今は救急対応でバタバタしているし、今夜も当直なんだよ」
俺のメール:「そっか。忙しい時にゴメンな。」
Cはまだ、俺が直面している事態を知らない。
俺の内なる世界は既に崩壊しているのに、未だ「平和な日常」の中を生きているCを、少し恨めしい気分になった。
--------------------------------------
11月25日の夜。
バイトを終えたKが、再び俺の部屋にやって来た。
俺自身、KのHIV感染を知らされて丸1日が経ち多少は冷静に話せる状態になった為、ここに至り始めて、彼にこれまでの経緯を尋ねる。
コトの発端は、俺が5月に部屋を追い出した事から始まる。
それから数日間、ハッテンバに寝泊りしてヤリまくったのは先述のとおりだが、独り暮らしを開始してからは、以前にも増して多くの男と頻繁にセックスを繰り返していたという。
どういう経緯で、何故そうなったのかは分からないが・・・やがてリスキーな行為を行なうようになったらしい。
無責任なセックスの危険性が知られる現代において、普通なら考えられない&許されない行為に、彼は及んでいた。
俺:「見ず知らずの他人とエッチをする時に、コンドームを付けようとは思わなかったのか?」
K:「ハッテンバや出会い系で知り合う男の3分の1は、俺がゴムを付けないでも何も言わなかったよ。」
K:「そしてさらに3分の1の男は、向こうから生行為を求めてきたんだ。」
ハッテンバや出会い系から引退して久しいが、そういうものなのか??
彼の説明は多いに疑問であるが、今更、コトの真偽を追求したところで無意味であろう。
--------------------------------------
Kは4月に一度、HIV検査を受けていたらしい。(という事は、それ以前にもリスキーな行為をしていたということか・・・)
HIV検査で陽性反応が出るのは感染後1〜3ヶ月後らしいので、少なくとも今年1月時点において、彼は陰性だったという事になる。
一方で11月末に陽性反応が出たという事は、8〜9月頃には既に感染していたという事だろう。
さらに、これは確証が持てないが、7月末の伝染性単核球症が「HIV感染初期症状」であったとするならば、5月後半〜7月初頭に彼は感染した可能性が高い。
それはまさしく、俺が彼を部屋から追い出した直後に該当する。
因みに、俺自身はというと、彼とは(2010年11月から遡って)2年間程セックスをしていない。
一時期、彼とのセックスレスを解消しようと頑張っていた時期があるが、その試みの直後に彼の×回目の浮気が判明し、以後、俺から求める事はなくなった。
そして、俺自身は09年7月にHIV検査を受けており、それ以降はCとしか交わっていない事を考えると、Kから感染しているリスクは全く考えられなかった。
--------------------------------------
Kは7月〜8月頃、急激に体力が落ち、体調が悪化した。
ダイエットをしている訳でもないのに、体重も減少した。
その時は、「栄養バランスや生活リズム、もしくは夏バテのせいだろう」と、俺もKも考えていた。
8月半ばになり体調は改善したが、その後は全身の皮膚の痒みに悩まされる事になったらしい。
そして10月になり、Kは肛門にデキモノが出来ている事に気付き、肛門科を受診したところ「尖圭コンジローマ」と診察された。
「尖圭コンジローマ」というものを見たことがない為、後日、「どういうものか?」と思い画像検索をしてみたが・・・その画像のグロテスクさに俺は絶句した。
肛門科医は「肛門にコレができた以上、他の性感染症のリスクも否定できない。至急、検査を受けなさい」と言ったそうだ。
そこで11月になりHIVの検査を受けたところ・・・このような事態に至る。
あれ??それに似た話、俺は以前にも聞いた事があるぞ?
しかもその時は、「道を誤った人間の例」として、Kにも話したではないか?
彼は、あの話から何も学ばなかったのだろうか?
俺がそれをKに話した真意を、彼は理解しなかったのだろうか??
--------------------------------------
昨夜は「病気の事実」がひたすらショックで、それ以外何も考えられなかった。
だけど冷静に考えてみると、HIVという病気は確かに恐ろしい病気だが、すぐに死に至る病気でないはずだ。
1990年代ならいざ知らず、きちんと診察を受け・投薬を行い、病気をコントロールをすれば、これから何十年も人生を満喫する事は不可能でないだろう。
すなわち「Kの告白」から24時間後に、俺が最も絶望したのは、彼の「不治の病」ではなく・・・
俺が罪悪感を持ちつつCと恋人のような生活を送りながらも、「Kとやり直す道」を模索していたこの半年間に、
Kはフリーター生活を改善しようとせず、さらに無数の男と交わるばかりか、あまつさえコンドームを使わないで「危険な快楽」に浸っていたという事であった。
その事実を改めて突き付けられた俺は・・・自分の背後にたった1つ残っていた、「Kと昔の関係に戻る為の最後の扉」が、“バタン”と音を立てて閉ざされてしまったような・・・・そんな気がした。
俺が、「もう、Kと恋人としてやりなおす事はできないだろう」と確信したのは、この時であった。
だけどその一方で、「HIV感染発覚という事実に怯え、苦しむKをこのまま見捨ててはおけない」という、”静かな強い決意”が俺自身の中に湧き上がっている事も自覚していた。
その2つの感情(”Kと別れよう” ”Kを支えよう”)は、一見相反するように思えるが、俺自身の心の中では、何故か完全に整合した「既定の事実」として確固として存在していたんだ。
Kはこの日も夕方までバイトであったが、「今夜もウチにおいで」と伝えて出勤した。
ほんとは仕事どころではないが、かといって仕事に穴を開ける事もできず、ふらふらとした足取りでクライアントに向かう。
デスクに向かい仕事をするフリをするが、当然ながら全く集中できない。
何度も時計を見ては、「早く定時になれ!」と心の中で祈った。
この日、業務を終えてから、親しい上司と飲みにいく約束をしていた。
普段から可愛がってくれる上司のお誘いだから断るべきではないが・・・やっぱり今日は無理だ・・・。
俺は仮病を使い、上司との飲み会を翌週に延期してもらった。
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仕事中、Cからメールが届く。
Cのメール:「昨夜はゴメン。帰宅したらすぐに眠っちゃってさ。」
Cのメール:「それで昨日はKさんと食事だったんでしょ?どうだった??」
俺のメール:「うん・・・・。今夜、ちょっと話せないかな?」
Cからの返事:「今は救急対応でバタバタしているし、今夜も当直なんだよ」
俺のメール:「そっか。忙しい時にゴメンな。」
Cはまだ、俺が直面している事態を知らない。
俺の内なる世界は既に崩壊しているのに、未だ「平和な日常」の中を生きているCを、少し恨めしい気分になった。
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11月25日の夜。
バイトを終えたKが、再び俺の部屋にやって来た。
俺自身、KのHIV感染を知らされて丸1日が経ち多少は冷静に話せる状態になった為、ここに至り始めて、彼にこれまでの経緯を尋ねる。
コトの発端は、俺が5月に部屋を追い出した事から始まる。
それから数日間、ハッテンバに寝泊りしてヤリまくったのは先述のとおりだが、独り暮らしを開始してからは、以前にも増して多くの男と頻繁にセックスを繰り返していたという。
どういう経緯で、何故そうなったのかは分からないが・・・やがてリスキーな行為を行なうようになったらしい。
無責任なセックスの危険性が知られる現代において、普通なら考えられない&許されない行為に、彼は及んでいた。
俺:「見ず知らずの他人とエッチをする時に、コンドームを付けようとは思わなかったのか?」
K:「ハッテンバや出会い系で知り合う男の3分の1は、俺がゴムを付けないでも何も言わなかったよ。」
K:「そしてさらに3分の1の男は、向こうから生行為を求めてきたんだ。」
ハッテンバや出会い系から引退して久しいが、そういうものなのか??
彼の説明は多いに疑問であるが、今更、コトの真偽を追求したところで無意味であろう。
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Kは4月に一度、HIV検査を受けていたらしい。(という事は、それ以前にもリスキーな行為をしていたということか・・・)
HIV検査で陽性反応が出るのは感染後1〜3ヶ月後らしいので、少なくとも今年1月時点において、彼は陰性だったという事になる。
一方で11月末に陽性反応が出たという事は、8〜9月頃には既に感染していたという事だろう。
さらに、これは確証が持てないが、7月末の伝染性単核球症が「HIV感染初期症状」であったとするならば、5月後半〜7月初頭に彼は感染した可能性が高い。
それはまさしく、俺が彼を部屋から追い出した直後に該当する。
因みに、俺自身はというと、彼とは(2010年11月から遡って)2年間程セックスをしていない。
一時期、彼とのセックスレスを解消しようと頑張っていた時期があるが、その試みの直後に彼の×回目の浮気が判明し、以後、俺から求める事はなくなった。
そして、俺自身は09年7月にHIV検査を受けており、それ以降はCとしか交わっていない事を考えると、Kから感染しているリスクは全く考えられなかった。
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Kは7月〜8月頃、急激に体力が落ち、体調が悪化した。
ダイエットをしている訳でもないのに、体重も減少した。
その時は、「栄養バランスや生活リズム、もしくは夏バテのせいだろう」と、俺もKも考えていた。
8月半ばになり体調は改善したが、その後は全身の皮膚の痒みに悩まされる事になったらしい。
そして10月になり、Kは肛門にデキモノが出来ている事に気付き、肛門科を受診したところ「尖圭コンジローマ」と診察された。
「尖圭コンジローマ」というものを見たことがない為、後日、「どういうものか?」と思い画像検索をしてみたが・・・その画像のグロテスクさに俺は絶句した。
肛門科医は「肛門にコレができた以上、他の性感染症のリスクも否定できない。至急、検査を受けなさい」と言ったそうだ。
そこで11月になりHIVの検査を受けたところ・・・このような事態に至る。
あれ??それに似た話、俺は以前にも聞いた事があるぞ?
しかもその時は、「道を誤った人間の例」として、Kにも話したではないか?
彼は、あの話から何も学ばなかったのだろうか?
俺がそれをKに話した真意を、彼は理解しなかったのだろうか??
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昨夜は「病気の事実」がひたすらショックで、それ以外何も考えられなかった。
だけど冷静に考えてみると、HIVという病気は確かに恐ろしい病気だが、すぐに死に至る病気でないはずだ。
1990年代ならいざ知らず、きちんと診察を受け・投薬を行い、病気をコントロールをすれば、これから何十年も人生を満喫する事は不可能でないだろう。
すなわち「Kの告白」から24時間後に、俺が最も絶望したのは、彼の「不治の病」ではなく・・・
俺が罪悪感を持ちつつCと恋人のような生活を送りながらも、「Kとやり直す道」を模索していたこの半年間に、
Kはフリーター生活を改善しようとせず、さらに無数の男と交わるばかりか、あまつさえコンドームを使わないで「危険な快楽」に浸っていたという事であった。
その事実を改めて突き付けられた俺は・・・自分の背後にたった1つ残っていた、「Kと昔の関係に戻る為の最後の扉」が、“バタン”と音を立てて閉ざされてしまったような・・・・そんな気がした。
俺が、「もう、Kと恋人としてやりなおす事はできないだろう」と確信したのは、この時であった。
だけどその一方で、「HIV感染発覚という事実に怯え、苦しむKをこのまま見捨ててはおけない」という、”静かな強い決意”が俺自身の中に湧き上がっている事も自覚していた。
その2つの感情(”Kと別れよう” ”Kを支えよう”)は、一見相反するように思えるが、俺自身の心の中では、何故か完全に整合した「既定の事実」として確固として存在していたんだ。
2011年11月24日
最終章:2010年11月24日(水)
11月最終週。
実のところ、ココから約2ヶ月間の記憶と時系列がかなり曖昧なんだ。
携帯のメールを見直すと、古いメールは自動的に消えてしまっているし・・・。
だけど私信用に使うGmailに記録がある程度残っており、スケジュール帳として使っているgoogleカレンダーにも当時のスケジュールが保存されているので、
それらを参照しつつ、2010年11月最終週に遡ってみよう。
------------------------------------------------------
2010年11月24日(水)
今日からちょうど1年前の出来事だ。
年下の男Cは職場の飲み会だという。
一方で相方Kのアルバイトは夕方に終わるらしいので、「先週末の埋め合わせ」をすべく、Kを夕飯に誘った。
この日の俺は、「Cとの関係」をKに話そうと心に決めていた。
この告白が何をもたらすか、完全に予想する事はできないが、【11月(1)(2)】に書いたとおり「Kとの10年間の数々の思い出」はあまりに重く、それは「Cとの現在の楽しい生活」をわずかに凌駕しているように感じていた。
この瞬間の俺の心境を敢えて書けば、「Kとやり直したい気持ち」と「Cと前に進んで行きたい気持ち」は「55:45」といった状況であり、
だからこそ、今夜Kから「何か」を感じる事ができれば、昔の生活に戻れるのではないか・・・ホントに我侭な考えだが、この日の俺はそのように考えていた。
------------------------------------------------------
Kが「鍋を食べたい」というので、鍋の用意をして彼を迎え入れた。
だけど、どんな鍋を食べ・食べながらどんな話をしたか・・・・俺の記憶は全く飛んでいる。
食後。
俺のほうから、こんな感じで話を切り出したように思う。
俺:「実はお前に、言わないとあかん事があるねん。」
すかさずKは、このように切り返した。
K:「先週土曜日の事でしょ? X君から聞いたよ。俺の誘いを断って、みんなで仲良く楽しんだそうだね。」
やっぱり、H(iPhoneいじくり四十路男) → X(おしゃべり男)経由でKに話が伝わっていたようだ。
逆恨みかもしれんが、HもKも嫌いだっ!
俺:「先にCと約束していたから、そっちを優先したんだ。だけど、先にKと約束していたら、相手が誰であれ、お前との約束を優先させたよ。」
K:「ふ〜ん?そんな風に取り繕わなくてもええのに。」
俺:「まぁ、そうなんだけどね・・・。それに関連して、さらに話しておかないといけない事があるんだ。」
俺:「俺とCの関係。ある程度は気付いていると思うけど、以前から“深い関係”にあるんだよ。」
K:「・・・・具体的にはいつから?」
俺:「去年(09年)の夏、お前の浮気が判明したとき、俺は部屋を飛び出して数日留守にしたじゃん?(09年10月18日の日記) あの時、俺はCの部屋に泊まっていたんだよ。一線を越えたのは、その当たりからだよ。」
K:「・・・・・・嘘つき。」
俺:「ウソじゃない。ほんとの事だ。」
K:「違うよ。半年前(10年5月)に別居を始めた時、“6ヶ月後に今後との事を話し合おう”と言ったじゃん?(2010年5月(3)の日記) あれは半年間、俺の事を待っていてくれるという意味じゃなかったの??」
俺:「・・・・・・・・・。」
正確には「半年、何もしないで待つ」なんて言っていないが、Kからそのように非難されても、俺は非難できる立場にない。
2人の間に沈黙が流れた。
それは5分だったか、10分だったか、正確には覚えていないが、とにかく俺には長い時間のように思われた。
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突然、Kは明るい口調になり、このように話し始めた。
K:「まぁ、いいっかぁ。確かに今まで散々、タロを裏切り続けてきたもんね。最後にこういう仕打ちを受けるのも、自業自得って事だよね!」
俺:「・・・・・・。」
K:「それに俺も、タロに告白しないといけない事があるんだよ。」
俺:「えっ?何???」(新たな男の存在かな?)
K:「うん。ほんとは、タロには言わないでおこうと思っていたんだよ。」
K:「何も言わないまま、タロの目の前から消えてしまおうと思っていたんだけどね・・・。」
俺:「一体、何の事だ??」
K:「先週、“検査”を受けてきたんだよ。」
K:「で、今週月曜に結果が出たんだけど、“陽性”だったよ。」
俺:「えっ? 検査って??? 陽性って???」
俺には一瞬、なんの事か理解できなかった。
ゲイの世界で、「それらの用語」が指すモノはたった1つしかないのに、俺の頭の中では、その「事実」と「現実」を繋ぎ合わせる事ができずにいた。
K:「もちろん、HIVの検査だよ。」
K:「あ〜あ、俺の人生はもう終わりって感じだね♪ だから、タロは好きなようにしたらいいさ。俺の事なんか忘れて、C君と幸せになればいいよ。」
それを聞いて、しばらく何も答える事ができずにいた。
目の前にとんでもない事態が・・・「いつかこうなるのではないか?」と恐れながらも、一方では“小説の中の出来事”のように「現実には起こりえないであろう」と思っていた事態・・・それが目の前に起こっていた。
K:「8月に体調を著しく崩して、「伝染性単核球症」と診断されたでしょ? あれは今思えば、HIVの初期症状だったんだろうね・・・。」
確かにネット情報では、「HIVに感染した場合、伝染性単核球症と同じ症状がでる事がある」という記述は存在する。
だけど8月時点で、そんな事になっていたなんて・・・・。
あの時すでに、HIVウイルスが、彼の免疫細胞を破壊しながら体内で増殖していたなんて・・・・。
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・・・数分後。
辛うじて俺が口から搾り出した言葉は、「どうして、そんな事に???」という一言であった。
K:「今年5月に、タロからココを追い出された時、俺は“ネットカフェに一泊して、その後は兵庫の実家に戻った”と言ったよね?」
K:「あれはウソで、数日間、ハッテンバに泊まっていたんだ。」
K:「ハッテンバでは当然、“そういう事”もあったし、中にはコンドームを付けていない男もいたよ。」
俺:「そんな・・・。だって、ヨソでやる時はせめてセーフでって・・・。」
K:「もういいじゃん! 俺はタロに見捨てられて天涯孤独の身なんだから、誰とどんなセックスをしようとさ!」
俺:「そんな・・・・・・。だって、そんな・・・・・・・。」
俺の目からは、涙が溢れ出した。
こういう時にどういう態度をとり、どういう言葉を吐くべきか・・・なんて頭で考える余裕はなく、ただひたすら、涙を流しながら嗚咽した。
K:「どうして泣くの? どうして俺の為なんかに泣くの???」
Kの目にも涙が潤んでいた。
俺は嗚咽しており何も答える事ができないが、代わりに黙ってKの手を取って引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
K:「そっか。俺の為に泣いてくれるんだ・・・・。そっかぁ・・・・。」
そう言いながら、Kも小刻みに震えて泣き始めた。
俺の肩には、Kの涙がポタリポタリと落ち、それは一瞬だけ肩に熱を伝え、すぐに冷たくなっていった。
俺:「とりあえず今日は泊まっていけよ。これからは、独りで抱え込まなくていいから。」
K:「・・・・うんっ。ありがとう。実はこの3日ほど、全く寝れていなかったんだ。」
------------------------------------------------------
午後11時。
Kは俺のベッドで眠りについていた。
彼の寝顔は、何事もなかったかのように安らかなものであった。
「目が覚めると、全ては悪夢でした♪」とか、「実はCと俺の仲を嫉妬した、Kの超悪質なイヤガラセでした♪」・・・なんてオチならば良いのだが、そんな訳ないのは分かっている。
Kの寝顔を見ながら、俺は「どうして、こんな事に???」「なぜ、Kは???」という問いを延々と反芻していた。
そしてその問いの答えは、俺の頭の中からは決して沸いてこないものである事も判っていた。
こういう時に相談できる相手・・・・それは、Cしかいない。
確かにCは年下だけど、なんといっても、彼の専門領域だ。
目の前が真っ暗で何も見えない俺に、多少なりとも元気付ける言葉をかける事ができるのはCしかいない。
アイツの声を聞きたい!顔を見たい!
でないと、俺の心は破裂してしまいそうだ。
だけど、Cに電話をしたが繋がらなかった。
今夜は職場の飲み会と言っていたもんな・・・。
その数分後、Cからメールが届く。
C:「まだ飲み会の最中〜。終わったらメールをするね!」
------------------------------------------------------
結局この夜、Cから連絡が来ることはなかった。
きっと夜中まで飲んで、そのまま帰宅して寝てしまったのだろう。
Cは、こちらで起こっている事態なんて知る由もないのだから仕方がないよな。
その夜。
俺は一睡もできないまま過ごし、翌朝、Kに「部屋を自由に使っていい」と鍵を渡して、仕事に向かった。
実のところ、ココから約2ヶ月間の記憶と時系列がかなり曖昧なんだ。
携帯のメールを見直すと、古いメールは自動的に消えてしまっているし・・・。
だけど私信用に使うGmailに記録がある程度残っており、スケジュール帳として使っているgoogleカレンダーにも当時のスケジュールが保存されているので、
それらを参照しつつ、2010年11月最終週に遡ってみよう。
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2010年11月24日(水)
今日からちょうど1年前の出来事だ。
年下の男Cは職場の飲み会だという。
一方で相方Kのアルバイトは夕方に終わるらしいので、「先週末の埋め合わせ」をすべく、Kを夕飯に誘った。
この日の俺は、「Cとの関係」をKに話そうと心に決めていた。
この告白が何をもたらすか、完全に予想する事はできないが、【11月(1)(2)】に書いたとおり「Kとの10年間の数々の思い出」はあまりに重く、それは「Cとの現在の楽しい生活」をわずかに凌駕しているように感じていた。
この瞬間の俺の心境を敢えて書けば、「Kとやり直したい気持ち」と「Cと前に進んで行きたい気持ち」は「55:45」といった状況であり、
だからこそ、今夜Kから「何か」を感じる事ができれば、昔の生活に戻れるのではないか・・・ホントに我侭な考えだが、この日の俺はそのように考えていた。
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Kが「鍋を食べたい」というので、鍋の用意をして彼を迎え入れた。
だけど、どんな鍋を食べ・食べながらどんな話をしたか・・・・俺の記憶は全く飛んでいる。
食後。
俺のほうから、こんな感じで話を切り出したように思う。
俺:「実はお前に、言わないとあかん事があるねん。」
すかさずKは、このように切り返した。
K:「先週土曜日の事でしょ? X君から聞いたよ。俺の誘いを断って、みんなで仲良く楽しんだそうだね。」
やっぱり、H(iPhoneいじくり四十路男) → X(おしゃべり男)経由でKに話が伝わっていたようだ。
逆恨みかもしれんが、HもKも嫌いだっ!
俺:「先にCと約束していたから、そっちを優先したんだ。だけど、先にKと約束していたら、相手が誰であれ、お前との約束を優先させたよ。」
K:「ふ〜ん?そんな風に取り繕わなくてもええのに。」
俺:「まぁ、そうなんだけどね・・・。それに関連して、さらに話しておかないといけない事があるんだ。」
俺:「俺とCの関係。ある程度は気付いていると思うけど、以前から“深い関係”にあるんだよ。」
K:「・・・・具体的にはいつから?」
俺:「去年(09年)の夏、お前の浮気が判明したとき、俺は部屋を飛び出して数日留守にしたじゃん?(09年10月18日の日記) あの時、俺はCの部屋に泊まっていたんだよ。一線を越えたのは、その当たりからだよ。」
K:「・・・・・・嘘つき。」
俺:「ウソじゃない。ほんとの事だ。」
K:「違うよ。半年前(10年5月)に別居を始めた時、“6ヶ月後に今後との事を話し合おう”と言ったじゃん?(2010年5月(3)の日記) あれは半年間、俺の事を待っていてくれるという意味じゃなかったの??」
俺:「・・・・・・・・・。」
正確には「半年、何もしないで待つ」なんて言っていないが、Kからそのように非難されても、俺は非難できる立場にない。
2人の間に沈黙が流れた。
それは5分だったか、10分だったか、正確には覚えていないが、とにかく俺には長い時間のように思われた。
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突然、Kは明るい口調になり、このように話し始めた。
K:「まぁ、いいっかぁ。確かに今まで散々、タロを裏切り続けてきたもんね。最後にこういう仕打ちを受けるのも、自業自得って事だよね!」
俺:「・・・・・・。」
K:「それに俺も、タロに告白しないといけない事があるんだよ。」
俺:「えっ?何???」(新たな男の存在かな?)
K:「うん。ほんとは、タロには言わないでおこうと思っていたんだよ。」
K:「何も言わないまま、タロの目の前から消えてしまおうと思っていたんだけどね・・・。」
俺:「一体、何の事だ??」
K:「先週、“検査”を受けてきたんだよ。」
K:「で、今週月曜に結果が出たんだけど、“陽性”だったよ。」
俺:「えっ? 検査って??? 陽性って???」
俺には一瞬、なんの事か理解できなかった。
ゲイの世界で、「それらの用語」が指すモノはたった1つしかないのに、俺の頭の中では、その「事実」と「現実」を繋ぎ合わせる事ができずにいた。
K:「もちろん、HIVの検査だよ。」
K:「あ〜あ、俺の人生はもう終わりって感じだね♪ だから、タロは好きなようにしたらいいさ。俺の事なんか忘れて、C君と幸せになればいいよ。」
それを聞いて、しばらく何も答える事ができずにいた。
目の前にとんでもない事態が・・・「いつかこうなるのではないか?」と恐れながらも、一方では“小説の中の出来事”のように「現実には起こりえないであろう」と思っていた事態・・・それが目の前に起こっていた。
K:「8月に体調を著しく崩して、「伝染性単核球症」と診断されたでしょ? あれは今思えば、HIVの初期症状だったんだろうね・・・。」
確かにネット情報では、「HIVに感染した場合、伝染性単核球症と同じ症状がでる事がある」という記述は存在する。
だけど8月時点で、そんな事になっていたなんて・・・・。
あの時すでに、HIVウイルスが、彼の免疫細胞を破壊しながら体内で増殖していたなんて・・・・。
------------------------------------------------------
・・・数分後。
辛うじて俺が口から搾り出した言葉は、「どうして、そんな事に???」という一言であった。
K:「今年5月に、タロからココを追い出された時、俺は“ネットカフェに一泊して、その後は兵庫の実家に戻った”と言ったよね?」
K:「あれはウソで、数日間、ハッテンバに泊まっていたんだ。」
K:「ハッテンバでは当然、“そういう事”もあったし、中にはコンドームを付けていない男もいたよ。」
俺:「そんな・・・。だって、ヨソでやる時はせめてセーフでって・・・。」
K:「もういいじゃん! 俺はタロに見捨てられて天涯孤独の身なんだから、誰とどんなセックスをしようとさ!」
俺:「そんな・・・・・・。だって、そんな・・・・・・・。」
俺の目からは、涙が溢れ出した。
こういう時にどういう態度をとり、どういう言葉を吐くべきか・・・なんて頭で考える余裕はなく、ただひたすら、涙を流しながら嗚咽した。
K:「どうして泣くの? どうして俺の為なんかに泣くの???」
Kの目にも涙が潤んでいた。
俺は嗚咽しており何も答える事ができないが、代わりに黙ってKの手を取って引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
K:「そっか。俺の為に泣いてくれるんだ・・・・。そっかぁ・・・・。」
そう言いながら、Kも小刻みに震えて泣き始めた。
俺の肩には、Kの涙がポタリポタリと落ち、それは一瞬だけ肩に熱を伝え、すぐに冷たくなっていった。
俺:「とりあえず今日は泊まっていけよ。これからは、独りで抱え込まなくていいから。」
K:「・・・・うんっ。ありがとう。実はこの3日ほど、全く寝れていなかったんだ。」
------------------------------------------------------
午後11時。
Kは俺のベッドで眠りについていた。
彼の寝顔は、何事もなかったかのように安らかなものであった。
「目が覚めると、全ては悪夢でした♪」とか、「実はCと俺の仲を嫉妬した、Kの超悪質なイヤガラセでした♪」・・・なんてオチならば良いのだが、そんな訳ないのは分かっている。
Kの寝顔を見ながら、俺は「どうして、こんな事に???」「なぜ、Kは???」という問いを延々と反芻していた。
そしてその問いの答えは、俺の頭の中からは決して沸いてこないものである事も判っていた。
こういう時に相談できる相手・・・・それは、Cしかいない。
確かにCは年下だけど、なんといっても、彼の専門領域だ。
目の前が真っ暗で何も見えない俺に、多少なりとも元気付ける言葉をかける事ができるのはCしかいない。
アイツの声を聞きたい!顔を見たい!
でないと、俺の心は破裂してしまいそうだ。
だけど、Cに電話をしたが繋がらなかった。
今夜は職場の飲み会と言っていたもんな・・・。
その数分後、Cからメールが届く。
C:「まだ飲み会の最中〜。終わったらメールをするね!」
------------------------------------------------------
結局この夜、Cから連絡が来ることはなかった。
きっと夜中まで飲んで、そのまま帰宅して寝てしまったのだろう。
Cは、こちらで起こっている事態なんて知る由もないのだから仕方がないよな。
その夜。
俺は一睡もできないまま過ごし、翌朝、Kに「部屋を自由に使っていい」と鍵を渡して、仕事に向かった。
2011年11月18日
最終章:2010年11月(3)
この数ヶ月間、停滞しながらも安定していた俺と相方K、そして年下男Cの関係は、第三者の“ちょっとした暴挙”により一気に動き始める。
11月後半の土曜日午後。
午前の勤務を終えたCが、いつものように俺んちに来ていた。
土曜日夜は一緒に夕飯を食べ、日曜日も2人で過ごす予定だ。
ところがKからも、「今夜、一緒に夕飯でも食べない?」とメールが届いた。
俺は、「今日は先約があるから申し訳ない。来週にでも、一緒にメシを食おう」と返した。
Kは、「せっかく、土曜日夜のバイトがなくなったのに・・・」と不満そうに言った。
その日の15時頃。
自転車で10分の距離に同棲する、40代のゲイ友カップルの片割れ(以下T)からメールが届く。
T:「今夜、ヒマしているねん。2人でそっちに遊びにいってええ?」
俺は、「今、(たまたま)Cも遊びに来ているんだよ。寒くなってきたし、4人で鍋でも食いましょう!」と答えた。
----------------------------------------
19時頃。4人で買出しに行き、鍋をつつきながら酒を飲む。
俺とTは仲がいい。「なんとなく、息が合う関係」といったところか?
ところが、「Tの恋人H」と俺は、仲が悪くはないが、かといって打ち解けている訳でもなかった。
それは、俺と少し年齢差があるのも一因であるが、Hの趣味・趣向が俺のそれとは多少異なる所為であった。
Hは40代半ばに差し掛かろうとしているのに、「仕事嫌い」を公言しており、
一方で数少ない趣味が筋トレであり、ほぼ毎日仕事を定時に上がり、Goldgymに通ってガタイ造りに勤しんでいた。
・・・いわゆる、典型的な「OLゲイ」だ。
彼はたった2〜3日間、仕事やイベント等によりジムに行けずにいると、「筋肉が脂肪になっちゃう!」「ストレスが抜けない!」「夜、寝付けない!」とTwitter等で大騒ぎした。
だけど俺が「合わない」と感じる要因は何より、Hが典型的なiPhone依存症であり、会話の途中であろうと・人前であろうと、室内であろうと・外であろうと、いつもiPhoneを取り出して弄る点だ。
ご近所の友人達の中でも最年長でありながら、彼は社交性に乏しい方であり、自分が気を許した特定の人としか会話を展開できない為、
友人達の飲み会等で会話に参加できなかったり、自分の興味がない話題になると、すぐにiPhoneを取り出した。
そして彼は、恋人(T)や友人が一緒にいるに関わらず、頻繁に「GPS対応ゲイ専用出会い系アプリ」で近所の男を物色しては、気に入った男とチャットを始めた。
Hの彼氏であるTは、そんなんで平気なんだろうか?
これに対しTは、諦めた口調でこう言った。
T:「タロの言いたい事も分かるけどね・・・。Hは心が弱い子やねん(注:HのほうがTより年上)。」
T:「以前の会社でも気に入らない部署に異動したら、すぐに鬱状態になって仕事を辞めちゃったし・・・。だから精神的に追い詰めたらダメなんよ。」
T:「それにチャットをしているだけで、誰かとエッチをしている訳ではないだろうしね。」
まぁ・・・・・いろんなカップルの形がある、という事だろうか?
そんな男とでも17年間も付き合っているらしいから、俺が口を挟む事ではないのだろう。
こんな感じで、俺とHの気が合うはずもなく、明確に嫌う事はないものの、「身体はマッチョでモテ筋だけど、イケてない40代だなぁ」として内心で蔑視している側面は否定できず、
だから、俺から見たHは「1人の友人」ではなく、あくまで「友人Tのオマケ」という位置付けであった。
(うーん。友人の彼氏やのに、ボロクソに書きすぎ&年長者に失礼やな。)
----------------------------------------
鍋を食べながら、Tが相方Kの話をする。
T:「最近、Kちゃんとは会っているん?」
俺:「うん。週に1回程度会っているよ。バイトをそれなり頑張っているみたいだよ」
T:「タロとKちゃんが別居してから、Kちゃんとはなんか、会いにくくなってしまったわ・・・」
俺:「そう言わないで、Kの事もヨロシク頼むよ〜。彼、ゲイ友が多くないし。」
俺:「実は今日、Kからも夕飯に誘われていたんだよ。先にCとメシを食う約束をしていたから断ったんだけどね。」
俺:「もし、俺んちで4人で鍋をやったと耳にしたら、Kはイジケルと思うんでナイショにしておいてね!」
T&H:「了解!」
まぁ・・・Hはともかく、Tは「俺とCの関係」を薄々気付いているんだろうなぁ。
----------------------------------------
鍋を一通り食べ終わり、俺達はそのままデザートに突入する。
「お仲間」が数人集まれば、デザート・タイムが必須なのは、どこのゲイでも一緒なのだろうか?
俺と年下男C&友人Tの3人は心地よく酔っており、何かしら(詳細は忘れた)の話題で盛り上がっていた。
「友人達を集めて忘年会をやろう!」とか、「共通の友人に彼氏ができたらしい」とか・・・そういう、ありきたりの話だったと思う。
だけどHはというと、会話に参加する事もなく、いつものように独り黙々とiPhoneをいじくっていた。
数分毎にバイブレーションが作動するところをみると、誰かとチャットに近い状態でメッセージを交わしているのは確かなようだ。
俺は内心、(人前で誰かとチャットするなんて失礼だなぁ)と思いながらも、毎回の事でもあるので、そんなHの態度に気付かないフリをした。
とはいえ、わざわざ2人で俺んちに遊びに来てくれたのに、Hだけ放置する訳にもいかず、彼が答えやすい話題を振ってみることにした。
そういや夏の天神祭の時も、この人は10数人の飲み会の最中に積極的に会話に参加せず、黙々とiPhoneをいじくっていたな・・・。(2010年7月(2)の日記)
----------------------------------------
俺:「Hさん、iPhoneで近所にイイ男、見つかりました?^^; 」
H:「うん、何人かは。今はJacked(GPS付ゲイアプリ)で、X君と話しているよ。X君が、“Hさんの自宅は2km離れているのに、どうして100mの距離にいるの?”って不思議がっているよ♪」
俺:「!!!!」
Xとは、俺の自宅から100mの距離に住む30代後半のゲイであり、(俺の認識では)口の軽さで最高ランクの、しかも俺よりも「相方K側の友人」であった。
以前も、俺の何気ない一言を言い触らされてしまい、面倒な事になった経験がある。
俺:「そ、それでXに、なんて答えたんですか?」
H:「うん。”C君と一緒に、タロんちで鍋を食べている”と答えたよ♪」
俺:「・・・・・・・。」
こいつ(H)、ここまでアホだったとは・・・・。
俺はつい30分前に、「ココでCを含めた4人で鍋をしている事を、Kの耳には入れたくない」と言ったじゃん!
Xの口が軽く、しかも相方Kの友人であるという事を知らないとでも言うのか?
これで、1〜2日中に「今夜の事」がXからKの耳に入るだろう。
きっとXは、Kに、「キミの彼氏、C君と仲良過ぎない?だってこの前の土曜日もさ・・・」みたいな事を話すだろう。
そして、それを聞いたKは、「自分を差し置いて、Cとの時間を優先した」と考えるだろう。
もしかしたら、ある程度察知しているであろう、「俺とCとの関係」につき、疑惑のレベルを引き上げるかもしれない。
ほんっとに・・・こんなんだから、「iPhone出会い系アプリをどこでも弄くる男」なんて、だいっ嫌いなんだ!
だけど、キカッケは不本意であるが、イイ機会かもしれない。
Kに、「事実」を話す時が来たようだ。
Cと深い関係に至っている事を打ち明けて、「この先、俺達はどうしたらいいか?」をKと話し合う事にしよう。
11月後半の土曜日午後。
午前の勤務を終えたCが、いつものように俺んちに来ていた。
土曜日夜は一緒に夕飯を食べ、日曜日も2人で過ごす予定だ。
ところがKからも、「今夜、一緒に夕飯でも食べない?」とメールが届いた。
俺は、「今日は先約があるから申し訳ない。来週にでも、一緒にメシを食おう」と返した。
Kは、「せっかく、土曜日夜のバイトがなくなったのに・・・」と不満そうに言った。
その日の15時頃。
自転車で10分の距離に同棲する、40代のゲイ友カップルの片割れ(以下T)からメールが届く。
T:「今夜、ヒマしているねん。2人でそっちに遊びにいってええ?」
俺は、「今、(たまたま)Cも遊びに来ているんだよ。寒くなってきたし、4人で鍋でも食いましょう!」と答えた。
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19時頃。4人で買出しに行き、鍋をつつきながら酒を飲む。
俺とTは仲がいい。「なんとなく、息が合う関係」といったところか?
ところが、「Tの恋人H」と俺は、仲が悪くはないが、かといって打ち解けている訳でもなかった。
それは、俺と少し年齢差があるのも一因であるが、Hの趣味・趣向が俺のそれとは多少異なる所為であった。
Hは40代半ばに差し掛かろうとしているのに、「仕事嫌い」を公言しており、
一方で数少ない趣味が筋トレであり、ほぼ毎日仕事を定時に上がり、Goldgymに通ってガタイ造りに勤しんでいた。
・・・いわゆる、典型的な「OLゲイ」だ。
彼はたった2〜3日間、仕事やイベント等によりジムに行けずにいると、「筋肉が脂肪になっちゃう!」「ストレスが抜けない!」「夜、寝付けない!」とTwitter等で大騒ぎした。
だけど俺が「合わない」と感じる要因は何より、Hが典型的なiPhone依存症であり、会話の途中であろうと・人前であろうと、室内であろうと・外であろうと、いつもiPhoneを取り出して弄る点だ。
ご近所の友人達の中でも最年長でありながら、彼は社交性に乏しい方であり、自分が気を許した特定の人としか会話を展開できない為、
友人達の飲み会等で会話に参加できなかったり、自分の興味がない話題になると、すぐにiPhoneを取り出した。
そして彼は、恋人(T)や友人が一緒にいるに関わらず、頻繁に「GPS対応ゲイ専用出会い系アプリ」で近所の男を物色しては、気に入った男とチャットを始めた。
Hの彼氏であるTは、そんなんで平気なんだろうか?
これに対しTは、諦めた口調でこう言った。
T:「タロの言いたい事も分かるけどね・・・。Hは心が弱い子やねん(注:HのほうがTより年上)。」
T:「以前の会社でも気に入らない部署に異動したら、すぐに鬱状態になって仕事を辞めちゃったし・・・。だから精神的に追い詰めたらダメなんよ。」
T:「それにチャットをしているだけで、誰かとエッチをしている訳ではないだろうしね。」
まぁ・・・・・いろんなカップルの形がある、という事だろうか?
そんな男とでも17年間も付き合っているらしいから、俺が口を挟む事ではないのだろう。
こんな感じで、俺とHの気が合うはずもなく、明確に嫌う事はないものの、「身体はマッチョでモテ筋だけど、イケてない40代だなぁ」として内心で蔑視している側面は否定できず、
だから、俺から見たHは「1人の友人」ではなく、あくまで「友人Tのオマケ」という位置付けであった。
(うーん。友人の彼氏やのに、ボロクソに書きすぎ&年長者に失礼やな。)
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鍋を食べながら、Tが相方Kの話をする。
T:「最近、Kちゃんとは会っているん?」
俺:「うん。週に1回程度会っているよ。バイトをそれなり頑張っているみたいだよ」
T:「タロとKちゃんが別居してから、Kちゃんとはなんか、会いにくくなってしまったわ・・・」
俺:「そう言わないで、Kの事もヨロシク頼むよ〜。彼、ゲイ友が多くないし。」
俺:「実は今日、Kからも夕飯に誘われていたんだよ。先にCとメシを食う約束をしていたから断ったんだけどね。」
俺:「もし、俺んちで4人で鍋をやったと耳にしたら、Kはイジケルと思うんでナイショにしておいてね!」
T&H:「了解!」
まぁ・・・Hはともかく、Tは「俺とCの関係」を薄々気付いているんだろうなぁ。
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鍋を一通り食べ終わり、俺達はそのままデザートに突入する。
「お仲間」が数人集まれば、デザート・タイムが必須なのは、どこのゲイでも一緒なのだろうか?
俺と年下男C&友人Tの3人は心地よく酔っており、何かしら(詳細は忘れた)の話題で盛り上がっていた。
「友人達を集めて忘年会をやろう!」とか、「共通の友人に彼氏ができたらしい」とか・・・そういう、ありきたりの話だったと思う。
だけどHはというと、会話に参加する事もなく、いつものように独り黙々とiPhoneをいじくっていた。
数分毎にバイブレーションが作動するところをみると、誰かとチャットに近い状態でメッセージを交わしているのは確かなようだ。
俺は内心、(人前で誰かとチャットするなんて失礼だなぁ)と思いながらも、毎回の事でもあるので、そんなHの態度に気付かないフリをした。
とはいえ、わざわざ2人で俺んちに遊びに来てくれたのに、Hだけ放置する訳にもいかず、彼が答えやすい話題を振ってみることにした。
そういや夏の天神祭の時も、この人は10数人の飲み会の最中に積極的に会話に参加せず、黙々とiPhoneをいじくっていたな・・・。(2010年7月(2)の日記)
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俺:「Hさん、iPhoneで近所にイイ男、見つかりました?^^; 」
H:「うん、何人かは。今はJacked(GPS付ゲイアプリ)で、X君と話しているよ。X君が、“Hさんの自宅は2km離れているのに、どうして100mの距離にいるの?”って不思議がっているよ♪」
俺:「!!!!」
Xとは、俺の自宅から100mの距離に住む30代後半のゲイであり、(俺の認識では)口の軽さで最高ランクの、しかも俺よりも「相方K側の友人」であった。
以前も、俺の何気ない一言を言い触らされてしまい、面倒な事になった経験がある。
俺:「そ、それでXに、なんて答えたんですか?」
H:「うん。”C君と一緒に、タロんちで鍋を食べている”と答えたよ♪」
俺:「・・・・・・・。」
こいつ(H)、ここまでアホだったとは・・・・。
俺はつい30分前に、「ココでCを含めた4人で鍋をしている事を、Kの耳には入れたくない」と言ったじゃん!
Xの口が軽く、しかも相方Kの友人であるという事を知らないとでも言うのか?
これで、1〜2日中に「今夜の事」がXからKの耳に入るだろう。
きっとXは、Kに、「キミの彼氏、C君と仲良過ぎない?だってこの前の土曜日もさ・・・」みたいな事を話すだろう。
そして、それを聞いたKは、「自分を差し置いて、Cとの時間を優先した」と考えるだろう。
もしかしたら、ある程度察知しているであろう、「俺とCとの関係」につき、疑惑のレベルを引き上げるかもしれない。
ほんっとに・・・こんなんだから、「iPhone出会い系アプリをどこでも弄くる男」なんて、だいっ嫌いなんだ!
だけど、キカッケは不本意であるが、イイ機会かもしれない。
Kに、「事実」を話す時が来たようだ。
Cと深い関係に至っている事を打ち明けて、「この先、俺達はどうしたらいいか?」をKと話し合う事にしよう。
2011年11月07日
最終章:2010年11月(2)
11月中旬。
木枯らしが吹くこの季節になると、誰でも物思いに耽りやすくなるのだろうか?
俺は自宅バルコニーの斜め下方の数百メートル先に見えるKの部屋を見ながら、彼の事を考えるのが日課になっていた。
俺が○○士になる前に京都で過ごした、最後の(もっとも辛かった)半年間を支えてくれた男。
国家試験の合格の後、未だ「バイセクシャル」という肩書に拘泥していた俺の為に、一度は自分から身を引いてくれようとした男。
その後も幾度となく俺を励ましてくれ、俺を支えてくれた男。
Kが近くにいてくれて、微笑んでくれるだけで、ベッドの横で大の字になってイビキをかきながら眠っているだけで・・・俺はいつも癒されてきたんだ。
この10年間、Kに対して沢山の我儘を言ってきたけど、その多くをイヤな顔もせずに聞いてくれたっけ。
何度も喧嘩したけど、翌朝になるとお互い何も言わずに、自然と仲直りしたなぁ。
本来は全く強くない俺が、まがりなりにもこの激しいビジネスの世界でやってこれたのは、お世辞にも理想的とは言い難い、この不良中年(K)の存在があったからこそなのではないか???
----------------------------------------
午前0時になり、眼下のKの部屋に灯りが燈るのが見えた。
ほんとは俺には、KとCを選ぶ資格なんてないのだろう。
Cが素晴らしい男である事は言うまでもないが、Kだって、文章で書くと「甲斐性なしの浮気者」となってしまうけど、それでも実際はとても魅力的な人間だと思う。
Kの今までの浮気は、オナニーの延長線上に過ぎない単なる火遊びで、本当は、Kは一貫して俺の事を想ってくれていたのではないか??
もし、Kがこの半年間ずっと俺の事だけを考えてくれていて、しかも今後の生活を改めてくれるなら??
それでも俺は、Kを捨てて若い男(C)に走る事なんてできるのか???
確かにCは、「Kさんと別れて、ボクと付き合って!」とは言っていない。
それを言って俺を追い詰めないのが、Cなりの配慮であり良心なんだろう。
そして、Cがそれを言わないからこそ、俺には、Kとやり直すべく、【最後の道】がまだ残されている。
だけど・・・Kとやり直すとして、Cとの1年半に亘る「2人で過ごした時間」を否定する事なんてできるのか??
この1年半、まさしく俺にとっての実質的な恋人はCであったはずだ。
だからこそCをビアン女性Sに引き合わせたり、S母との対談の場にも付き合ってもらったりしたんだ。
----------------------------------------
考えれば考えるほど、俺自身がどのように決断すべきか分からなくなる。
俺は、Kの部屋の灯りを見つめながら、独り、深く溜息をついた。
木枯らしが吹くこの季節になると、誰でも物思いに耽りやすくなるのだろうか?
俺は自宅バルコニーの斜め下方の数百メートル先に見えるKの部屋を見ながら、彼の事を考えるのが日課になっていた。
俺が○○士になる前に京都で過ごした、最後の(もっとも辛かった)半年間を支えてくれた男。
国家試験の合格の後、未だ「バイセクシャル」という肩書に拘泥していた俺の為に、一度は自分から身を引いてくれようとした男。
その後も幾度となく俺を励ましてくれ、俺を支えてくれた男。
Kが近くにいてくれて、微笑んでくれるだけで、ベッドの横で大の字になってイビキをかきながら眠っているだけで・・・俺はいつも癒されてきたんだ。
この10年間、Kに対して沢山の我儘を言ってきたけど、その多くをイヤな顔もせずに聞いてくれたっけ。
何度も喧嘩したけど、翌朝になるとお互い何も言わずに、自然と仲直りしたなぁ。
本来は全く強くない俺が、まがりなりにもこの激しいビジネスの世界でやってこれたのは、お世辞にも理想的とは言い難い、この不良中年(K)の存在があったからこそなのではないか???
----------------------------------------
午前0時になり、眼下のKの部屋に灯りが燈るのが見えた。
ほんとは俺には、KとCを選ぶ資格なんてないのだろう。
Cが素晴らしい男である事は言うまでもないが、Kだって、文章で書くと「甲斐性なしの浮気者」となってしまうけど、それでも実際はとても魅力的な人間だと思う。
Kの今までの浮気は、オナニーの延長線上に過ぎない単なる火遊びで、本当は、Kは一貫して俺の事を想ってくれていたのではないか??
もし、Kがこの半年間ずっと俺の事だけを考えてくれていて、しかも今後の生活を改めてくれるなら??
それでも俺は、Kを捨てて若い男(C)に走る事なんてできるのか???
確かにCは、「Kさんと別れて、ボクと付き合って!」とは言っていない。
それを言って俺を追い詰めないのが、Cなりの配慮であり良心なんだろう。
そして、Cがそれを言わないからこそ、俺には、Kとやり直すべく、【最後の道】がまだ残されている。
だけど・・・Kとやり直すとして、Cとの1年半に亘る「2人で過ごした時間」を否定する事なんてできるのか??
この1年半、まさしく俺にとっての実質的な恋人はCであったはずだ。
だからこそCをビアン女性Sに引き合わせたり、S母との対談の場にも付き合ってもらったりしたんだ。
----------------------------------------
考えれば考えるほど、俺自身がどのように決断すべきか分からなくなる。
俺は、Kの部屋の灯りを見つめながら、独り、深く溜息をついた。
2011年11月06日
最終章:2010年11月(1)
2010年11月上旬。
11月に入り、相方Kと別居をして「約束の半年」が経とうとしていた。
Kを許して元の関係に戻るのか、それとも、それぞれが別の道を歩みだすのか・・・決断の時は迫っていた。
--------------------------------------------
相方Kとの10年に亘る歴史の蓄積は、あまりにも重い。
浮気をされた回数・人数を今更数える気にもなれないが(おそらくは100人は超えているはず)、楽しい思い出も枚挙にいとまがない。
何度も一緒に、国内を旅行したなぁ。
俺が福岡に出張している時、Kを福岡まで呼び寄せ、1泊して河豚を食べて帰った事もあった。
富良野までスノボに行き、帰りに札幌でグルメ三昧をして、2人して太って帰ってきた事もあった。
東北の友人宅まで2人で訪れ、秘湯を案内してもらったなぁ。
その時、友人とKが俺の誕生パーティをしてくれたんだよな。
海外旅行は台湾・バリ島しか行かなかったけど、バリ島のスミニャックで見る夕日、ウブドで見た山々の深い緑は、今でも鮮明に思い出す事ができる。
キンタマーニ高原からマウンテンバイクに乗って、ライステラスを見ながら走ったのが印象的だったなぁ。
そして、今年の6月に行った波照間島の海と空と泡盛・・・・。
だけど、一番幸せだったのは、2人で住むべく大阪の夜景が一望できるマンションを買って、この部屋に引っ越した最初の夜だったなぁ。
あの時、「これからも俺達はずっと2人で生きて行くんだ」と信じていたし、Kだって同じ気持ちでいてくれたはずだ。
そんなKの笑顔を思い出すと、なぜか「穏やかで優しい春の陽気」を連想してしまうんだ。
--------------------------------------------
一方。
年下の男Cと過ごす時間は本当に楽しい。
Cと時間を共有したこの1年半は、あっという間であった。
Kの、俺が病床にいる時すらお構いなしの度重なる浮気、そして三十路半ばにしてまさかの「ニート化」・・・・こういう状況に心底疲弊していた俺を救ってくれたのは、Cの存在だったんだ。
去年の真夏にCの地元の有名な××寺に出掛けた時の、周囲の森の深い緑と澄み切った空気が印象的だったなぁ。
日本海が見える露天風呂に行き、湯船に浸かりながら夕日が海に沈む様子を眺めたっけ。
真冬には、Kに出張だと偽って2人で温泉宿に出向き、一番高い部屋に”籠った”もんだ。
まだ、Cが大阪から遠く離れた地方に住んでいる時、毎晩のようにmessengerで言葉を交わしていた。
1〜2ヶ月に1度しか会えなかったけど、だからこそ、久しぶりに会えた時は心から嬉しかったよ。
Cは、可愛くて・賢くて・逞しくて、だけどどこか抜けていて、そして誠実な男だ。
そんなCが、10歳以上もオッサンである俺の事だけを見てくれていて、しかも俺の回答を待っていてくれる。
彼はこれから、人格的にも・職業人としても・経済的にも、逞しい大人の男になっていくであろう。
その過程を、その結末を、共に見てみたい気がする・・・・。
Cの笑顔を見ると、なんだか「爽やかな夏の朝日」を連想してしまうんだ。
--------------------------------------------
こうして書くと、改めて、「不誠実な二股男」を絵に描いた状態である事が自覚され、我ながら自分がイヤになる。
11月に入り、相方Kと別居をして「約束の半年」が経とうとしていた。
Kを許して元の関係に戻るのか、それとも、それぞれが別の道を歩みだすのか・・・決断の時は迫っていた。
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相方Kとの10年に亘る歴史の蓄積は、あまりにも重い。
浮気をされた回数・人数を今更数える気にもなれないが(おそらくは100人は超えているはず)、楽しい思い出も枚挙にいとまがない。
何度も一緒に、国内を旅行したなぁ。
俺が福岡に出張している時、Kを福岡まで呼び寄せ、1泊して河豚を食べて帰った事もあった。
富良野までスノボに行き、帰りに札幌でグルメ三昧をして、2人して太って帰ってきた事もあった。
東北の友人宅まで2人で訪れ、秘湯を案内してもらったなぁ。
その時、友人とKが俺の誕生パーティをしてくれたんだよな。
海外旅行は台湾・バリ島しか行かなかったけど、バリ島のスミニャックで見る夕日、ウブドで見た山々の深い緑は、今でも鮮明に思い出す事ができる。
キンタマーニ高原からマウンテンバイクに乗って、ライステラスを見ながら走ったのが印象的だったなぁ。
そして、今年の6月に行った波照間島の海と空と泡盛・・・・。
だけど、一番幸せだったのは、2人で住むべく大阪の夜景が一望できるマンションを買って、この部屋に引っ越した最初の夜だったなぁ。
あの時、「これからも俺達はずっと2人で生きて行くんだ」と信じていたし、Kだって同じ気持ちでいてくれたはずだ。
そんなKの笑顔を思い出すと、なぜか「穏やかで優しい春の陽気」を連想してしまうんだ。
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一方。
年下の男Cと過ごす時間は本当に楽しい。
Cと時間を共有したこの1年半は、あっという間であった。
Kの、俺が病床にいる時すらお構いなしの度重なる浮気、そして三十路半ばにしてまさかの「ニート化」・・・・こういう状況に心底疲弊していた俺を救ってくれたのは、Cの存在だったんだ。
去年の真夏にCの地元の有名な××寺に出掛けた時の、周囲の森の深い緑と澄み切った空気が印象的だったなぁ。
日本海が見える露天風呂に行き、湯船に浸かりながら夕日が海に沈む様子を眺めたっけ。
真冬には、Kに出張だと偽って2人で温泉宿に出向き、一番高い部屋に”籠った”もんだ。
まだ、Cが大阪から遠く離れた地方に住んでいる時、毎晩のようにmessengerで言葉を交わしていた。
1〜2ヶ月に1度しか会えなかったけど、だからこそ、久しぶりに会えた時は心から嬉しかったよ。
Cは、可愛くて・賢くて・逞しくて、だけどどこか抜けていて、そして誠実な男だ。
そんなCが、10歳以上もオッサンである俺の事だけを見てくれていて、しかも俺の回答を待っていてくれる。
彼はこれから、人格的にも・職業人としても・経済的にも、逞しい大人の男になっていくであろう。
その過程を、その結末を、共に見てみたい気がする・・・・。
Cの笑顔を見ると、なんだか「爽やかな夏の朝日」を連想してしまうんだ。
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こうして書くと、改めて、「不誠実な二股男」を絵に描いた状態である事が自覚され、我ながら自分がイヤになる。
2011年10月21日
最終章:2010年10月(3)
ビアン女性Sの母親に会った数週間後、こちらもSを両親に紹介する事になった。
俺が彼女を連れてくるなんて高校生以来であり、両親は驚くと共に諸手を挙げて喜んだ。
母は、「どんな女性? どういう風に知り合ったの? どういう会社にお勤め?」と俺を質問攻めにした。
Sの母親に会う前、俺とSはお互いの「半生記」を文章にし、(メールで)交換していた。
両親や兄弟の詳細な情報に加え、自分達が幼年期〜大学までどのように過ごしたか、どういう理由で今の職業に就いたか、そしてどういう経緯でお互いが知り合ったか等、いわば「偽装恋人の虎の巻」である。
だから、Sの母親と話す際も、
「Sさんは中学時代に剣道をやってられた伺いました。私も小学生から高校生まで剣道部に所属していたんですよ」とか、
「Sさんのお兄様は○○にお勤めなんですね! 私の事務所も○○にはお世話になっているんですよ」といった感じで、自然な会話を行なう事ができたんだ。
---------------------------------------------------------
その日。
俺んちと実家のちょうど中間地点にある日本料理屋の個室にて、俺達4人は昼食をとる事になっていた。
俺は、特急で大阪まで来たSを駅で拾い、そのまま自動車で現地に向かった。
前回とは異なり、今回はSの方が緊張している様子であった。
料理屋に着くと、既に両親は待ち構えていた。
父の背広姿を見るのは、一体何年ぶりだろう?
母も、精一杯のお洒落をしているのが分かった。
俺:「彼女はSさんというんだ。付き合って3年になるんだよ。今は、○○県に住んでいて、××に勤めているんだ。」
母:「それはそれは、わざわざこんなに遠くまでお越しいただいて、ありがとうございます。」
父:「××ですか? それはまた立派な会社にお勤めになっておられますね。きっと、優秀でいらっしゃるんでしょうなぁ。」
S:「いえ・・・。○○士のタロさんと比べると、お恥ずかしい限りなんですが・・・。」
それ以上の会話は特筆すべきもんでもないが、父がノンアルコールビールしか飲んでいないのに(自動車だし)、まるで酔っ払ったかようにしゃべりまくっていたのが印象的だった。
俺の生まれ育った街の話題に留まらず、5人いる父方の叔父を1人1人説明した上、10人いる従兄弟について解説し始めた時、
俺は「今、そんな話を聞いても覚えられないって!」と中断させた。
---------------------------------------------------------
昼食が終わり、俺と父はそれぞれの車で帰宅しようとしていた。
父:「今回はどうもありがとうございました。どうか、タロの事を今後とも宜しくお願いします。」
S:「こちらこそ今日はお父様、お母様にお会いできて光栄でした。今後とも宜しくお願いいたします。」
父:「ところで今日の記念に、写真を一緒に撮ってもらってええですか?」
そう言って、父はカバンからデジカメを取り出した。
父:「このカメラも、タロがプレゼントしてくれたヤツなんですわ。こう見えて結構、思いやりのあるヤツでしてね。」
俺は、「きっと、その写真を弟夫妻などに見せるんだろうなぁ」と思ったが、黙っていた。
---------------------------------------------------------
両親と分かれ、Sを車に乗せて大阪市に向かって走る。
俺:「今日はお疲れ様。変わった父親でしょ? 変な話ばかりでゴメンね。」
S:「楽しいお父様でしたよ。お母様も素敵な人だし。お2人に気に入っていただければいいのですが。」
俺:「ところで、まだ午後2時だね。ウチではCが待っているんで、一緒にお茶でもして、できれば夕飯も食べていかない? Cも会いたがっていたよ。」
S:「・・・・・・・・・。」
俺:「そちらのお母様には、”タロに会いに行く”と言っているんでしょ? だったら、急いで帰る必要もないんだし、明日は日曜だから、ゆっくりしていきなよ!」
S:「ごめんなさい。今日は疲れたし、明日もやりたい事があるので、もう帰ります。どこでもイイので、JRの駅で降ろして下さい。」
俺:「・・・・・。」
俺:「了解だよ。気をつけて帰ってね・・・。」
---------------------------------------------------------
心の中では、Sとの関係に対し「2010年10月(1)」で書いた、漠然とした「不安」と「不満」が高まりつつあるのを感じていた。
俺とSの間には、どうしても越えられない「心の障壁」がある。
Sが本心で何を考えているのか、イマイチ良く分からない。
いくつかの情報から推測するに、おそらくは・・・「遠距離の彼女と大阪で一緒に暮らせるなら、他はどうでもいい」「どうして、オトコなんかと友情を築かないといけないの?」といった所だろうか?
だけど、そんなんで「友情結婚」という大胆かつ非道徳的な計画が、ウマくいくと思っているのだろうか??
この頃になると、ゲイとビアンの友情結婚計画が、当初考えていた以上に難しい問題を孕んでいる事に、うすうす気づき始めていた。
問題は、条件とか・契約とか・両親とか・お互いの恋人ではなく、ゲイとビアン(しかもタチ側)の2つの異なる個性の中に存在する、価値観や主義の相違であった。
だけど事態はもう、引き返す事ができない領域に入っているのも事実であった。
俺は・・・・
「Sは、社会的に弱い女性が2人で生きていく事に頭が一杯で、他に余裕を持てないだけなんだ。」
「だから、攻撃的な側面が垣間見えたり、あるいは頑なだったりしても、それは彼女の本来の姿ではないんだ。」
・・・と自分に言い聞かせた。
俺が彼女を連れてくるなんて高校生以来であり、両親は驚くと共に諸手を挙げて喜んだ。
母は、「どんな女性? どういう風に知り合ったの? どういう会社にお勤め?」と俺を質問攻めにした。
Sの母親に会う前、俺とSはお互いの「半生記」を文章にし、(メールで)交換していた。
両親や兄弟の詳細な情報に加え、自分達が幼年期〜大学までどのように過ごしたか、どういう理由で今の職業に就いたか、そしてどういう経緯でお互いが知り合ったか等、いわば「偽装恋人の虎の巻」である。
だから、Sの母親と話す際も、
「Sさんは中学時代に剣道をやってられた伺いました。私も小学生から高校生まで剣道部に所属していたんですよ」とか、
「Sさんのお兄様は○○にお勤めなんですね! 私の事務所も○○にはお世話になっているんですよ」といった感じで、自然な会話を行なう事ができたんだ。
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その日。
俺んちと実家のちょうど中間地点にある日本料理屋の個室にて、俺達4人は昼食をとる事になっていた。
俺は、特急で大阪まで来たSを駅で拾い、そのまま自動車で現地に向かった。
前回とは異なり、今回はSの方が緊張している様子であった。
料理屋に着くと、既に両親は待ち構えていた。
父の背広姿を見るのは、一体何年ぶりだろう?
母も、精一杯のお洒落をしているのが分かった。
俺:「彼女はSさんというんだ。付き合って3年になるんだよ。今は、○○県に住んでいて、××に勤めているんだ。」
母:「それはそれは、わざわざこんなに遠くまでお越しいただいて、ありがとうございます。」
父:「××ですか? それはまた立派な会社にお勤めになっておられますね。きっと、優秀でいらっしゃるんでしょうなぁ。」
S:「いえ・・・。○○士のタロさんと比べると、お恥ずかしい限りなんですが・・・。」
それ以上の会話は特筆すべきもんでもないが、父がノンアルコールビールしか飲んでいないのに(自動車だし)、まるで酔っ払ったかようにしゃべりまくっていたのが印象的だった。
俺の生まれ育った街の話題に留まらず、5人いる父方の叔父を1人1人説明した上、10人いる従兄弟について解説し始めた時、
俺は「今、そんな話を聞いても覚えられないって!」と中断させた。
---------------------------------------------------------
昼食が終わり、俺と父はそれぞれの車で帰宅しようとしていた。
父:「今回はどうもありがとうございました。どうか、タロの事を今後とも宜しくお願いします。」
S:「こちらこそ今日はお父様、お母様にお会いできて光栄でした。今後とも宜しくお願いいたします。」
父:「ところで今日の記念に、写真を一緒に撮ってもらってええですか?」
そう言って、父はカバンからデジカメを取り出した。
父:「このカメラも、タロがプレゼントしてくれたヤツなんですわ。こう見えて結構、思いやりのあるヤツでしてね。」
俺は、「きっと、その写真を弟夫妻などに見せるんだろうなぁ」と思ったが、黙っていた。
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両親と分かれ、Sを車に乗せて大阪市に向かって走る。
俺:「今日はお疲れ様。変わった父親でしょ? 変な話ばかりでゴメンね。」
S:「楽しいお父様でしたよ。お母様も素敵な人だし。お2人に気に入っていただければいいのですが。」
俺:「ところで、まだ午後2時だね。ウチではCが待っているんで、一緒にお茶でもして、できれば夕飯も食べていかない? Cも会いたがっていたよ。」
S:「・・・・・・・・・。」
俺:「そちらのお母様には、”タロに会いに行く”と言っているんでしょ? だったら、急いで帰る必要もないんだし、明日は日曜だから、ゆっくりしていきなよ!」
S:「ごめんなさい。今日は疲れたし、明日もやりたい事があるので、もう帰ります。どこでもイイので、JRの駅で降ろして下さい。」
俺:「・・・・・。」
俺:「了解だよ。気をつけて帰ってね・・・。」
---------------------------------------------------------
心の中では、Sとの関係に対し「2010年10月(1)」で書いた、漠然とした「不安」と「不満」が高まりつつあるのを感じていた。
俺とSの間には、どうしても越えられない「心の障壁」がある。
Sが本心で何を考えているのか、イマイチ良く分からない。
いくつかの情報から推測するに、おそらくは・・・「遠距離の彼女と大阪で一緒に暮らせるなら、他はどうでもいい」「どうして、オトコなんかと友情を築かないといけないの?」といった所だろうか?
だけど、そんなんで「友情結婚」という大胆かつ非道徳的な計画が、ウマくいくと思っているのだろうか??
この頃になると、ゲイとビアンの友情結婚計画が、当初考えていた以上に難しい問題を孕んでいる事に、うすうす気づき始めていた。
問題は、条件とか・契約とか・両親とか・お互いの恋人ではなく、ゲイとビアン(しかもタチ側)の2つの異なる個性の中に存在する、価値観や主義の相違であった。
だけど事態はもう、引き返す事ができない領域に入っているのも事実であった。
俺は・・・・
「Sは、社会的に弱い女性が2人で生きていく事に頭が一杯で、他に余裕を持てないだけなんだ。」
「だから、攻撃的な側面が垣間見えたり、あるいは頑なだったりしても、それは彼女の本来の姿ではないんだ。」
・・・と自分に言い聞かせた。
2011年10月20日
最終章:2010年10月(2)
10月のある土曜日。
俺&年下の男Cは、Sの実家の隣町にある温泉宿に宿泊した。
Sの母親と会うのは、「夜の1〜2時間、しかもディナーではなく、お茶で良い」と言う。
ならば、Cとのドライブ&温泉旅行をメインに考えて楽しむ事にしよう♪
Cと温泉に入り、新鮮な魚介類を食べて・・・・夜になり、俺は正装(スーツ)に着替え、Cを部屋に置いて出掛けた。
待ち合わせの場所で待つ間、俺の緊張は最高潮に達していた。
こういう形で、女性の親と会うなんて人生初の事である。
会話の途中でボロが出て、「俺達が本当の恋人でない」とバレたらどうしよう??
キツい性格の母親で、「貴方は、30代後半まで独身だなんて、一体、今まで何をなさっていたの?」なんて言われたらどうしよう??
うーむ・・・こうなったら、「女優」になりきるしかないね。
俺もゲイの”端くれ”なんだから、きっと「女優」になれるはず♪
待合せの場所に現れたのは、どこにでもいる田舎の飾り気ないオバサンといった感じの、小奇麗な熟年女性だった。
彼女も、俺同様にガチガチに緊張している様子がうかがわれ、それを見た俺は逆にリラックスできた。
---------------------------------------------------------
S:「タロさんはたまたま、この近くに仕事で来ていたので、お母さんに挨拶したいと言ってくれたのよ。」
俺:「始めまして。タロと申します。Sさんとは3年ほど(←Sとの事前打合せにより)、お付き合いさせていただいております。本来はもっと早くご挨拶させていただくべきでしたのに、遅くなってしまい申し訳ありません。」
S母:「いえいえ。こちらこそ、Sがお世話になっております。この子に3年間もお付き合いさせていただいている男性がいたなんて、最近まで知りませんでした。」
俺:「Sさんが、仕事でよく大阪に来られるので、その時に共通の友人に紹介してもらって以来、月1〜2回会わせていただいているんです。」
S母:「この子は家事も料理もしようとしないし、今まで彼氏なんて一度も連れてきた事がなかったので心配していたんですよ。ほんと、タロさんみたいな素敵な方がいたなんて・・・・」
俺:「ははっ。家事なら私が一通りできるので、お任せください♪」
俺:「こちらは、お風呂の泉質が良くて景色も綺麗ですね。こんな場所で生活できるなんて羨ましいですよ。」
S母:「温泉と海しかない場所なんです。こんな場所で良ければ、気軽に遊びにきてくださいな。」
・・・なんだか、ウマい具合に会話が成り立っている。
その後も、Sの学生時代の事や、Sの父親(病気で寝込んでいるとか)について話し、気が付くと1時間半が経過していた。
S:「お母さん。タロさんも仕事でお疲れでしょうから、そろそろ失礼しましょうよ。」
S母:「そうね。それじゃ、またいつでも遊びにいらっしゃってください。」
俺:「はい。今回は突然お邪魔してご迷惑をおかけしました。お父様にも是非、宜しくお伝えください。」
---------------------------------------------------------
無事に会談は終了した。
多分、ボロは出ていないはずだ。
なんとか、「好青年」を印象付けられたと思う。
S母は、当初の懸念とは異なり、とても好感が持てる人であった。
俺とSは2人がかりでS母を騙しているんだけど、「できる限り、この人を哀しませたくないな」と思った。
部屋に戻り、Cと話す。
C:「おかえり!上手くいった?」
俺:「うん。大丈夫だと思う。ほんま、緊張したし疲れたわ〜。」
C:「それは良かったね。お疲れ様!」
Cは、今回の温泉旅行の事をどう思っているのだろう?
おそらくは、「よくも、こんなメンドクサイ事に、タロは自分から首を突っ込むもんだ」か、「俺には理解できないけど、タロが決めた事なんだから受け入れよう」のどちらかorその両方なんだろうね。
俺:「よっし!面倒なイベントも終わったし、今から飲み明かそう♪」
---------------------------------------------------------
その数時間後、Sから携帯電話にメールが届いた。
「今日はとても素敵な“彼氏ぶり”でした。母は気に入るどころか、”Sには勿体ない男性だから手放したらダメよ”なんて言ってます。」
「今度は、タロさんの親御さんとの会談もセッティングしてくださいね!」
俺は・・・「超えたら戻れない一線」をついに越えてしまったのかもしれない。
俺&年下の男Cは、Sの実家の隣町にある温泉宿に宿泊した。
Sの母親と会うのは、「夜の1〜2時間、しかもディナーではなく、お茶で良い」と言う。
ならば、Cとのドライブ&温泉旅行をメインに考えて楽しむ事にしよう♪
Cと温泉に入り、新鮮な魚介類を食べて・・・・夜になり、俺は正装(スーツ)に着替え、Cを部屋に置いて出掛けた。
待ち合わせの場所で待つ間、俺の緊張は最高潮に達していた。
こういう形で、女性の親と会うなんて人生初の事である。
会話の途中でボロが出て、「俺達が本当の恋人でない」とバレたらどうしよう??
キツい性格の母親で、「貴方は、30代後半まで独身だなんて、一体、今まで何をなさっていたの?」なんて言われたらどうしよう??
うーむ・・・こうなったら、「女優」になりきるしかないね。
俺もゲイの”端くれ”なんだから、きっと「女優」になれるはず♪
待合せの場所に現れたのは、どこにでもいる田舎の飾り気ないオバサンといった感じの、小奇麗な熟年女性だった。
彼女も、俺同様にガチガチに緊張している様子がうかがわれ、それを見た俺は逆にリラックスできた。
---------------------------------------------------------
S:「タロさんはたまたま、この近くに仕事で来ていたので、お母さんに挨拶したいと言ってくれたのよ。」
俺:「始めまして。タロと申します。Sさんとは3年ほど(←Sとの事前打合せにより)、お付き合いさせていただいております。本来はもっと早くご挨拶させていただくべきでしたのに、遅くなってしまい申し訳ありません。」
S母:「いえいえ。こちらこそ、Sがお世話になっております。この子に3年間もお付き合いさせていただいている男性がいたなんて、最近まで知りませんでした。」
俺:「Sさんが、仕事でよく大阪に来られるので、その時に共通の友人に紹介してもらって以来、月1〜2回会わせていただいているんです。」
S母:「この子は家事も料理もしようとしないし、今まで彼氏なんて一度も連れてきた事がなかったので心配していたんですよ。ほんと、タロさんみたいな素敵な方がいたなんて・・・・」
俺:「ははっ。家事なら私が一通りできるので、お任せください♪」
俺:「こちらは、お風呂の泉質が良くて景色も綺麗ですね。こんな場所で生活できるなんて羨ましいですよ。」
S母:「温泉と海しかない場所なんです。こんな場所で良ければ、気軽に遊びにきてくださいな。」
・・・なんだか、ウマい具合に会話が成り立っている。
その後も、Sの学生時代の事や、Sの父親(病気で寝込んでいるとか)について話し、気が付くと1時間半が経過していた。
S:「お母さん。タロさんも仕事でお疲れでしょうから、そろそろ失礼しましょうよ。」
S母:「そうね。それじゃ、またいつでも遊びにいらっしゃってください。」
俺:「はい。今回は突然お邪魔してご迷惑をおかけしました。お父様にも是非、宜しくお伝えください。」
---------------------------------------------------------
無事に会談は終了した。
多分、ボロは出ていないはずだ。
なんとか、「好青年」を印象付けられたと思う。
S母は、当初の懸念とは異なり、とても好感が持てる人であった。
俺とSは2人がかりでS母を騙しているんだけど、「できる限り、この人を哀しませたくないな」と思った。
部屋に戻り、Cと話す。
C:「おかえり!上手くいった?」
俺:「うん。大丈夫だと思う。ほんま、緊張したし疲れたわ〜。」
C:「それは良かったね。お疲れ様!」
Cは、今回の温泉旅行の事をどう思っているのだろう?
おそらくは、「よくも、こんなメンドクサイ事に、タロは自分から首を突っ込むもんだ」か、「俺には理解できないけど、タロが決めた事なんだから受け入れよう」のどちらかorその両方なんだろうね。
俺:「よっし!面倒なイベントも終わったし、今から飲み明かそう♪」
---------------------------------------------------------
その数時間後、Sから携帯電話にメールが届いた。
「今日はとても素敵な“彼氏ぶり”でした。母は気に入るどころか、”Sには勿体ない男性だから手放したらダメよ”なんて言ってます。」
「今度は、タロさんの親御さんとの会談もセッティングしてくださいね!」
俺は・・・「超えたら戻れない一線」をついに越えてしまったのかもしれない。
2011年10月19日
最終章:2010年10月(1)
ビアン女性Sとは、週に1回程度のメールを交わしていた。
メールの内容はお互いの恋人の話や仕事の話であり、大部分が「普通の雑談」といっていいものだった。
だけど、「普通の雑談」の過程で知った事のうち、俺のココロに引っかかったのは、
S&彼女が俺と出会う前に幾人かの結婚相手候補のゲイと会っており、そのうちの何人かを「彼女達が要求する基準を満たしていない」という理由により、言語道断で切り捨ててきたという事実であった。
Sは、友情結婚の話を進めながら、途中で一方的に切り捨てたゲイ男が、なお食い下がる様子を、
「さも、”キモいモノ”を見るような表現」で、あたかもストーカーに追いかけられているかのように語った。
彼女は暗に、「だけどタロさんは、そういう男と違うから♪」と言いたかったのかもしれないが、
それを聞いた俺は、目の前にいる知的で礼儀正しい30代前半の女性が有する二面性・・・のようなものを考えざるを得なかった。
---------------------------------------------------------
そのような中、6月の1泊温泉旅行以降、実際にS&その彼女と会ったのは10月時点で2回程度であり、
そのうち1回はCも交えて一緒に夕飯を食べたものの、もう1回は大阪駅にて30分程、お茶をしただけだった。
俺は、メールでは結婚話を進めながらも、実際に俺&Sが会う頻度が極端に少ない事に対し、違和感を感じ始めていた。
遠距離恋愛のS&彼女の中間地点がここ大阪であり、彼女たちは月1〜2回、泊りがけで大阪に来ていた。
すなわち、S&彼女は片道2〜3時間かけて大阪まで来て、しかも宿泊しているに関わらず、
(仮にも結婚しようとする)俺には一切声をかけないまま地元に戻ったり、あるいは帰宅直前の30分に限定してお茶をする・・・それが、Sの俺に対するスタンスであった。
---------------------------------------------------------
俺は、「2010年3月(2)」で書いたとおり、「一緒に生活をしないまま偽装結婚を貫くならば、最低限、俺とSの間には“深い信頼と友情”が必要である」と考えていたし、それを彼女にも伝えていた。
すなわち、俺達の間に「阿吽の呼吸」で通じ合える程の友情が存在しない限り、いずれ周囲に違和感を与えてしまうだろう。
さらに俺は、
「可能な限り、頻繁に俺んちに出入りしてほしい。」
「将来、名目上の住所はココになるのだから、場合によってはココで双方の親兄弟を出迎えないといけない場合もあるだろう。」
「その時にSが“コップの場所が分からない”では、一発で化けの皮が剥がれてしまうだろう。」
・・・とも主張していた。
だけどS&彼女は、「電車までの時間がないから」とか「今日は疲れたみたいで体調が悪いから」と、何かと理由をつけては俺のマンションに来る事を避けようとした。
このように、俺とリアルで会う時間を明確に避けてはいないものの、積極的に確保しようともしないSは、暗に、
「私と彼女の時間の邪魔をしないで頂戴!」
「貴方を友情結婚の対象として考えているけど、それは単なる契約上の関係であり、友情とかは不要だからね!」
・・・と示唆しているように思えた。
結婚相手として条件が良い(?)俺を逃がさない為に、俺の主張(=結婚の前提として深い友情・信頼の構築が必須)を真正面から否定しないようにしているだけではないのか??
だけど実際は、友情結婚という共通の目的を持ちながらも、俺&Sのスタンスや価値観が全く異なるのではないか??
俺は・・・・漠然とした不安を感じ始めていた。
---------------------------------------------------------
こんな状況に関わらず、Sが、「私たちが知り合って半年も経つんだから、そろそろ母と会ってくださらない?」と言って来た時、当然ながら俺は躊躇した。
それに対してSは、「本来なら、(Sの)会社の人事異動が発表になる7月までに入籍したかったのを、タロさんが“ゆっくりお互いを知り合いたい”と言うから、10月まで待ってたのよ?」と言った。
俺は、Sのペースに巻き込まれている事を自覚しながらも、それに従うしかなかった・・・。
メールの内容はお互いの恋人の話や仕事の話であり、大部分が「普通の雑談」といっていいものだった。
だけど、「普通の雑談」の過程で知った事のうち、俺のココロに引っかかったのは、
S&彼女が俺と出会う前に幾人かの結婚相手候補のゲイと会っており、そのうちの何人かを「彼女達が要求する基準を満たしていない」という理由により、言語道断で切り捨ててきたという事実であった。
Sは、友情結婚の話を進めながら、途中で一方的に切り捨てたゲイ男が、なお食い下がる様子を、
「さも、”キモいモノ”を見るような表現」で、あたかもストーカーに追いかけられているかのように語った。
彼女は暗に、「だけどタロさんは、そういう男と違うから♪」と言いたかったのかもしれないが、
それを聞いた俺は、目の前にいる知的で礼儀正しい30代前半の女性が有する二面性・・・のようなものを考えざるを得なかった。
---------------------------------------------------------
そのような中、6月の1泊温泉旅行以降、実際にS&その彼女と会ったのは10月時点で2回程度であり、
そのうち1回はCも交えて一緒に夕飯を食べたものの、もう1回は大阪駅にて30分程、お茶をしただけだった。
俺は、メールでは結婚話を進めながらも、実際に俺&Sが会う頻度が極端に少ない事に対し、違和感を感じ始めていた。
遠距離恋愛のS&彼女の中間地点がここ大阪であり、彼女たちは月1〜2回、泊りがけで大阪に来ていた。
すなわち、S&彼女は片道2〜3時間かけて大阪まで来て、しかも宿泊しているに関わらず、
(仮にも結婚しようとする)俺には一切声をかけないまま地元に戻ったり、あるいは帰宅直前の30分に限定してお茶をする・・・それが、Sの俺に対するスタンスであった。
---------------------------------------------------------
俺は、「2010年3月(2)」で書いたとおり、「一緒に生活をしないまま偽装結婚を貫くならば、最低限、俺とSの間には“深い信頼と友情”が必要である」と考えていたし、それを彼女にも伝えていた。
すなわち、俺達の間に「阿吽の呼吸」で通じ合える程の友情が存在しない限り、いずれ周囲に違和感を与えてしまうだろう。
さらに俺は、
「可能な限り、頻繁に俺んちに出入りしてほしい。」
「将来、名目上の住所はココになるのだから、場合によってはココで双方の親兄弟を出迎えないといけない場合もあるだろう。」
「その時にSが“コップの場所が分からない”では、一発で化けの皮が剥がれてしまうだろう。」
・・・とも主張していた。
だけどS&彼女は、「電車までの時間がないから」とか「今日は疲れたみたいで体調が悪いから」と、何かと理由をつけては俺のマンションに来る事を避けようとした。
このように、俺とリアルで会う時間を明確に避けてはいないものの、積極的に確保しようともしないSは、暗に、
「私と彼女の時間の邪魔をしないで頂戴!」
「貴方を友情結婚の対象として考えているけど、それは単なる契約上の関係であり、友情とかは不要だからね!」
・・・と示唆しているように思えた。
結婚相手として条件が良い(?)俺を逃がさない為に、俺の主張(=結婚の前提として深い友情・信頼の構築が必須)を真正面から否定しないようにしているだけではないのか??
だけど実際は、友情結婚という共通の目的を持ちながらも、俺&Sのスタンスや価値観が全く異なるのではないか??
俺は・・・・漠然とした不安を感じ始めていた。
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こんな状況に関わらず、Sが、「私たちが知り合って半年も経つんだから、そろそろ母と会ってくださらない?」と言って来た時、当然ながら俺は躊躇した。
それに対してSは、「本来なら、(Sの)会社の人事異動が発表になる7月までに入籍したかったのを、タロさんが“ゆっくりお互いを知り合いたい”と言うから、10月まで待ってたのよ?」と言った。
俺は、Sのペースに巻き込まれている事を自覚しながらも、それに従うしかなかった・・・。
2011年09月19日
最終章:2010年9月(2)
気が付くと、Kと別居して既に3ヶ月以上が経過していた。
Kと別居したのは春真っ盛りの時期であり、やがて夏が過ぎ、秋になろうとしていた。
10年に渡り、プライベートの大部分を共有してきた相手と距離を置いたに関わらず、いざ慣れてしまうと、それが普通になってしまうのは不思議である。
もちろん、過去にも彼が東京・名古屋・長崎に数ヶ月単位で長期出張に出て、離れ離れとなっていた時期はある。
だけど今回は、「Kとの時間が減った分、Cとの時間によって埋められる」という点において、以前とは状況が異なる。
5月の別居時、俺達は「半年後に俺達の今後を話し合おう」と約束したが、その約束の期間も半分が過ぎていた。
そこで改めて、Kの現状を尋ねてみる事にしたんだ。
--------------------------------------------------
俺:「プライベートの方は、最近どんな感じ?」
K:「仕事(バイト)が忙しくて、お金もなく生活するのが精一杯で、オトコ遊びなんてする余裕ないよ。」
・・・確かに、三十路半ばを過ぎて仕事もロクに決まらないフリーターの身で、男漁りをしていたら問題だよな。
彼の男関係については、同居していた頃ですら、俺の存在は抑止力となりえなかった。
だから今、彼が何をしようと俺には知りえないし、仮に何かしていたとしても、今の俺にはそれを非難する資格はないだろう。
だけどもし彼が、「独り暮らしになって、五月蝿いタロがいなくなったから、何でもやり放題♪」なんて考えているならば、俺達の関係は遠からず終わりを迎えるだろう。
--------------------------------------------------
俺:「もう1つ。仕事について、今後の展開は考えた? 何かしら、方向性とか・やりたい事とか、見えてきたかな?」
K:「今、いろいろ考えている最中なんだか、急かさないでよ! いっつもタロは、こんな風に俺を責めるんだから。」
・・・キレられた。
Kは、今後の人生をどうしていくつもりなんだろう?
世の中はこんなに不景気で、資格職である俺さえも将来設計に不安を感じているのに。
「お金が全て」とは思わないが、きちんとした収入源がない状態でオッサンやジジイになってしまうと、その後の人生が悲惨な事になってしまうのではないか??
俺は、20代後半にフリーターとして国家試験の勉強としている頃、確かにバイトで最低限の生活費を得ることができたけど、実際はとても怖かったんだ。
(このまま試験にウカらないで、30代になってしまったら?)
(今、大きな病気に罹ってしまい、多額の医療費が必要になったら?)
一方で、社会人としての生活を満喫する同級生達に顔向けする事ができず、ただ、「俺は前職の安定を捨て、夢に向かって突っ走っているのさ♪」と言って虚勢を張るしかなかった。
ましてやKは、コンサルタントとして独立してしまい、会社員のように組織に属する道を選ばなかったのだ。
すなわち、絶えず自分で仕事を獲得して、走り続けるしかないはずだ。
独立コンサルタントとしてやっていくなら営業活動に力を入れるべきだし、それができないなら、さっさとどこかの会社なり店なりに就職すべきだろう。
そんなリスキーな道を進んでいるんだから、悠長にバイトなんてしている暇なんてないはずだ。
・・・このように考える俺は、悲観的過ぎるのだろうか?
Kと別居したのは春真っ盛りの時期であり、やがて夏が過ぎ、秋になろうとしていた。
10年に渡り、プライベートの大部分を共有してきた相手と距離を置いたに関わらず、いざ慣れてしまうと、それが普通になってしまうのは不思議である。
もちろん、過去にも彼が東京・名古屋・長崎に数ヶ月単位で長期出張に出て、離れ離れとなっていた時期はある。
だけど今回は、「Kとの時間が減った分、Cとの時間によって埋められる」という点において、以前とは状況が異なる。
5月の別居時、俺達は「半年後に俺達の今後を話し合おう」と約束したが、その約束の期間も半分が過ぎていた。
そこで改めて、Kの現状を尋ねてみる事にしたんだ。
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俺:「プライベートの方は、最近どんな感じ?」
K:「仕事(バイト)が忙しくて、お金もなく生活するのが精一杯で、オトコ遊びなんてする余裕ないよ。」
・・・確かに、三十路半ばを過ぎて仕事もロクに決まらないフリーターの身で、男漁りをしていたら問題だよな。
彼の男関係については、同居していた頃ですら、俺の存在は抑止力となりえなかった。
だから今、彼が何をしようと俺には知りえないし、仮に何かしていたとしても、今の俺にはそれを非難する資格はないだろう。
だけどもし彼が、「独り暮らしになって、五月蝿いタロがいなくなったから、何でもやり放題♪」なんて考えているならば、俺達の関係は遠からず終わりを迎えるだろう。
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俺:「もう1つ。仕事について、今後の展開は考えた? 何かしら、方向性とか・やりたい事とか、見えてきたかな?」
K:「今、いろいろ考えている最中なんだか、急かさないでよ! いっつもタロは、こんな風に俺を責めるんだから。」
・・・キレられた。
Kは、今後の人生をどうしていくつもりなんだろう?
世の中はこんなに不景気で、資格職である俺さえも将来設計に不安を感じているのに。
「お金が全て」とは思わないが、きちんとした収入源がない状態でオッサンやジジイになってしまうと、その後の人生が悲惨な事になってしまうのではないか??
俺は、20代後半にフリーターとして国家試験の勉強としている頃、確かにバイトで最低限の生活費を得ることができたけど、実際はとても怖かったんだ。
(このまま試験にウカらないで、30代になってしまったら?)
(今、大きな病気に罹ってしまい、多額の医療費が必要になったら?)
一方で、社会人としての生活を満喫する同級生達に顔向けする事ができず、ただ、「俺は前職の安定を捨て、夢に向かって突っ走っているのさ♪」と言って虚勢を張るしかなかった。
ましてやKは、コンサルタントとして独立してしまい、会社員のように組織に属する道を選ばなかったのだ。
すなわち、絶えず自分で仕事を獲得して、走り続けるしかないはずだ。
独立コンサルタントとしてやっていくなら営業活動に力を入れるべきだし、それができないなら、さっさとどこかの会社なり店なりに就職すべきだろう。
そんなリスキーな道を進んでいるんだから、悠長にバイトなんてしている暇なんてないはずだ。
・・・このように考える俺は、悲観的過ぎるのだろうか?
2011年09月03日
最終章:2010年9月(1)
9月のある日。
あるゲイ友の発案により、バーベキューをすることになった。
友達が友達を呼ぶという(いつもの)パターンにより、結局25人のゲイが大川(旧淀川)の河原に集まった。
俺が面識あるのは、そのうち半分強といったところか。
その中には、相方K・年下の男Cを含む「2010年7月(2)」に書いた面々もいた。
発案者の直接の友人の中で、クルマを持っている者は俺を含め2人しかいないというので、俺とKは自動車にクーラーボックスを乗せて大量のビールやチューハイ等を買いに出た。
Cも、「僕も力仕事があれば手伝います」と言って、車からの出し入れ等を手伝ってくれた。
大阪の中心地からも近い河原に、20代〜40代の男ばかり30人近くも集まるなんて、滅多にないだろう。
しかも、そのうちの何割かはヒゲ・坊主・ガッチリorマッチョ・ラガーシャツ・全身Tommy・・・等の分かりやすい外見である。
中には、本来は介護職なのに自動車修理工が着る「つなぎ」のコスプレ(?)をしている男もいた。
まぁ・・・似合っているとは思うんだけど・・・。
さらに、俺達のグループから数十メートル離れた場所にも、20人くらいの男ばかりのイカツイ風貌の集団が、キャーキャー言いながらバーベキューをやっていた。
友人達は「向こうのグループの青いシャツを着た人、タイプやわ〜♪」等といって物色していたし、向こうのグループからも幾度となく視線を感じた。
この限られたスペースに、ゲイが50人近く集まっているなんて、普通の人から見たら相当異様な光景だろうな。
だけど、こういうのって「楽しんだモン勝ち」だと思うんだ。
職場や親にカミングアウトしようとは思わないけど、ゲイだからといって日陰に隠れてコソコソしなければならない道理もないだろう。
その意味じゃ、やはり都会はゲイにとって天国だね。
-------------------------------------------
肉を食べ、ビールを飲みながら、いろんな人と話す。
だけど、視線は無意識のウチにCの方に行ってしまう。
Cの笑顔が、おどけた顔が、驚いた顔が・・・可愛い。
決してハンサムではないのに、どうして俺の目線はCに釘付けになってしまうのだろう?
一方でKも、親しい友人達と酒を飲みながら笑っている。
Kの笑顔を見ると、なんだかほっとする。
Kには、いつまでも曇りなき笑顔でいて欲しいと思う。
果たして、この中の何人が、俺とCの関係に気付いているのだろう?
実は、その少し前に、「なりゆき」で事実を話してしまった男が、この中に2人いたんだ。
ほとんどの友人は、KともCとも面識がある。
だから、周囲の友人にCとの関係を話すのは賢明ではない・・・と思う。
だけど、自分の内に抱える矛盾が、その時(秘密を話してしまった時)は酒の力を借りて噴き出してしまったようである。
その時の俺は、「安易に周囲に話せないけど、誰かに俺の思いを聞いてほしいんだ」「Kと直接の接点がない友人ならば、事実を話したところで問題ないだろう」と考えたのだろう。
-------------------------------------------
バーベキューも後半に差しかかり、腹を満たした参加者達はバーベキューコンロを中心に、直径5メートルくらいの円形になって座り、酒を飲みながら談笑していた。
俺も、Cと普通に会話をしていたと思う(1年以上経っているので内容は忘れた)。
俺達とは逆側の円周部分で、Kも友人と話していた。
っと、そこに、「俺とCの関係を知る」1人(=A)がCのもとに近づいてきた。
Aは・・・まだ昼過ぎなのに、信じられないくらい泥酔していた。
A:「なぁ〜? お前(C)に前から一度、聞きたいと思っていた事があるんだ。」
C:「はい?なんですか??」
A:「ある所に若い男がいて、そいつは10歳以上年上の男が好きなんだ。ところがその年上の男には、10年以上の歳月を共にしてきた恋人がいるんだよ。」
A:「こういう時、その若い男は一体何を考えるんだろうなあ? 隙があれば奪ってやれ!とでも思うんだろうか?」
C:「えっと・・・・・・・。」
一瞬にして、俺の酔いは吹っ飛んだ。
恐る恐るKの方を見ると、Kは何事もなかったかのように隣に座る友人と話していた。
(Kには、この会話が聞こえていなかったのだろうか??)
俺:「A君、かなり酔っているようだねぇ。あっちに空いている椅子があるよ。しかも隣には、さっきA君が”タイプだ”と言っていた○○君がいるじゃん? あっちに行って声をかけてみたら??? ^^;」
Aは俺の勧めに従って、フラフラとした足取りで○○君の方へと向かっていった。
俺の内心:(Aのドアホ! コトの重大さを全く気付いていないのか! そこの川に落ちて溺れてしまえや!)
いや違う。
ほんとは、そんなAに秘密を打ち明けた俺がマヌケなんだね・・・・。
そして何より、ここまで話を複雑にして、解きほぐせなくなってしまった俺がアホなんだね。
どうやら俺とCの秘密が、周囲に知れ渡るのは時間の問題のようである。
っていうか、既に周囲では周知の事実だったりして?
(因みに、この時のAが何を思って大衆の面前であんな事を言い出したのかは、未だ不明である。)
あるゲイ友の発案により、バーベキューをすることになった。
友達が友達を呼ぶという(いつもの)パターンにより、結局25人のゲイが大川(旧淀川)の河原に集まった。
俺が面識あるのは、そのうち半分強といったところか。
その中には、相方K・年下の男Cを含む「2010年7月(2)」に書いた面々もいた。
発案者の直接の友人の中で、クルマを持っている者は俺を含め2人しかいないというので、俺とKは自動車にクーラーボックスを乗せて大量のビールやチューハイ等を買いに出た。
Cも、「僕も力仕事があれば手伝います」と言って、車からの出し入れ等を手伝ってくれた。
大阪の中心地からも近い河原に、20代〜40代の男ばかり30人近くも集まるなんて、滅多にないだろう。
しかも、そのうちの何割かはヒゲ・坊主・ガッチリorマッチョ・ラガーシャツ・全身Tommy・・・等の分かりやすい外見である。
中には、本来は介護職なのに自動車修理工が着る「つなぎ」のコスプレ(?)をしている男もいた。
まぁ・・・似合っているとは思うんだけど・・・。
さらに、俺達のグループから数十メートル離れた場所にも、20人くらいの男ばかりのイカツイ風貌の集団が、キャーキャー言いながらバーベキューをやっていた。
友人達は「向こうのグループの青いシャツを着た人、タイプやわ〜♪」等といって物色していたし、向こうのグループからも幾度となく視線を感じた。
この限られたスペースに、ゲイが50人近く集まっているなんて、普通の人から見たら相当異様な光景だろうな。
だけど、こういうのって「楽しんだモン勝ち」だと思うんだ。
職場や親にカミングアウトしようとは思わないけど、ゲイだからといって日陰に隠れてコソコソしなければならない道理もないだろう。
その意味じゃ、やはり都会はゲイにとって天国だね。
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肉を食べ、ビールを飲みながら、いろんな人と話す。
だけど、視線は無意識のウチにCの方に行ってしまう。
Cの笑顔が、おどけた顔が、驚いた顔が・・・可愛い。
決してハンサムではないのに、どうして俺の目線はCに釘付けになってしまうのだろう?
一方でKも、親しい友人達と酒を飲みながら笑っている。
Kの笑顔を見ると、なんだかほっとする。
Kには、いつまでも曇りなき笑顔でいて欲しいと思う。
果たして、この中の何人が、俺とCの関係に気付いているのだろう?
実は、その少し前に、「なりゆき」で事実を話してしまった男が、この中に2人いたんだ。
ほとんどの友人は、KともCとも面識がある。
だから、周囲の友人にCとの関係を話すのは賢明ではない・・・と思う。
だけど、自分の内に抱える矛盾が、その時(秘密を話してしまった時)は酒の力を借りて噴き出してしまったようである。
その時の俺は、「安易に周囲に話せないけど、誰かに俺の思いを聞いてほしいんだ」「Kと直接の接点がない友人ならば、事実を話したところで問題ないだろう」と考えたのだろう。
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バーベキューも後半に差しかかり、腹を満たした参加者達はバーベキューコンロを中心に、直径5メートルくらいの円形になって座り、酒を飲みながら談笑していた。
俺も、Cと普通に会話をしていたと思う(1年以上経っているので内容は忘れた)。
俺達とは逆側の円周部分で、Kも友人と話していた。
っと、そこに、「俺とCの関係を知る」1人(=A)がCのもとに近づいてきた。
Aは・・・まだ昼過ぎなのに、信じられないくらい泥酔していた。
A:「なぁ〜? お前(C)に前から一度、聞きたいと思っていた事があるんだ。」
C:「はい?なんですか??」
A:「ある所に若い男がいて、そいつは10歳以上年上の男が好きなんだ。ところがその年上の男には、10年以上の歳月を共にしてきた恋人がいるんだよ。」
A:「こういう時、その若い男は一体何を考えるんだろうなあ? 隙があれば奪ってやれ!とでも思うんだろうか?」
C:「えっと・・・・・・・。」
一瞬にして、俺の酔いは吹っ飛んだ。
恐る恐るKの方を見ると、Kは何事もなかったかのように隣に座る友人と話していた。
(Kには、この会話が聞こえていなかったのだろうか??)
俺:「A君、かなり酔っているようだねぇ。あっちに空いている椅子があるよ。しかも隣には、さっきA君が”タイプだ”と言っていた○○君がいるじゃん? あっちに行って声をかけてみたら??? ^^;」
Aは俺の勧めに従って、フラフラとした足取りで○○君の方へと向かっていった。
俺の内心:(Aのドアホ! コトの重大さを全く気付いていないのか! そこの川に落ちて溺れてしまえや!)
いや違う。
ほんとは、そんなAに秘密を打ち明けた俺がマヌケなんだね・・・・。
そして何より、ここまで話を複雑にして、解きほぐせなくなってしまった俺がアホなんだね。
どうやら俺とCの秘密が、周囲に知れ渡るのは時間の問題のようである。
っていうか、既に周囲では周知の事実だったりして?
(因みに、この時のAが何を思って大衆の面前であんな事を言い出したのかは、未だ不明である。)
2011年08月31日
最終章:2010年8月(2)
8月末。
6月末のKとの石垣島・波照間島旅行に続き、今度はCと沖縄の色表島に旅する事になった。
「続けて沖縄を訪れたい」と思うほどに、石垣・波照間の海は衝撃的であり、その光景をCに見せてあげたかったんだ。
過去、Cとは近隣の温泉旅行に2度行っている為「初めての旅行」とは言えないものの、4泊5日という行程は今までで最大であり、しかも今回は日本の南端である。
それは、「Cが大阪に移ってきて、始めてまとまった休みが取れたから有効に活用しよう」という理由からスタートした計画であった。
しかし一方で、「この4泊5日もの長期間、一緒に顔を合わせていたら、“その先”を上手くやっていけるか見極めがつくだろう」という考えがあったのも事実だろう。
-------------------------------------------------
波照間や西表の八重山諸島は石垣島を中心に船で渡る為、1泊目と最後の夜は石垣島に泊った。
初日の石垣島にて、俺達は有名な石垣牛の焼肉屋に行った。
そこでは地元で取れる新鮮な肉と、同じく地元で造られた泡盛を堪能した。
これから始まる旅のワクワク感と、大阪から遠く離れた解放感のせいだろうか?
俺は通常以上に泡盛で酔っぱらい、陽気で開放的な気分になっていた。
徒歩でホテルに戻りながら、突然、隣を歩くCにキスしたいという欲望を抑えきれなくなってしまったんだ。
俺:「なぁ、今からお前にキスするぞ!」
C:「えぇ〜?ここ、路上じゃん?ダメだよー」
俺:「前にも後ろにも、誰もおらへんやん。それに誰かに見られたところで、どうせ他人だから構わないさ」
C:「ダメ!絶対にダメ!もう少しでホテルなんだから、ちょっとくらい我慢しなよ〜。」
俺は、抵抗するCに力づくでキスをした。
Cは嫌がっていたくせに目がトロンとなり、2〜3秒の間、身を俺に委ねた。
こんな路上で、そんな事をやってしまうなんて・・・今思えば恥ずかしい限りだが、この時の俺はどうかしていたのかもしれない。
俺:「やっぱ、焼肉の味がするわ」
C:「・・・・・・・・・・・。」
-------------------------------------------------
石垣島と波照間島の中間に位置する西表島は、密林でほとんどの面積を占められている、荒々しい概観の島であった。
穏やかな地形が、青い空と碧い海に溶け込む波照間島とは対照的である。
さらに西表島は沖縄県の中で、沖縄本島に続く2番目の面積を有しており、波照間島の20倍以上の広さでもある。
西表島といえばイリオモテヤマネコが有名であるが、既に100匹程しか生存していないらしい。
おりしも、フィリピン沖で台風が発生しており、その進路予定コースに西表島を含む八重山諸島があり、天候は下り坂であった。
それでもっても密林に覆われた島なのに、西表島に降り立った時、島の奥地は厚い雲に覆われており、パラパラと雨が降り始めていた。
西表島の第一印象は、「なんて、暗くて黒い島なんだろう」というものであった。
-------------------------------------------------
西表で過ごす期間はほとんど太陽を見る事はなく、予約していた「ボートで沖合まで出掛けるシュノーケリングツアー」も中止となってしまった。
Cは、しょげながら「せっかくタロと一緒にこんな遠くに来たのに、天候に恵まれずツイてないなぁ」と言った。
全く同感であるが、嘆いた所で天気が良くなる訳でもないので、「天気が悪くても楽しめる事はきっとある筈だから、できる限り楽しもうや」と答えた。
その言葉どおり、観光遊覧船に乗ったり、雨のジャングルをずぶ濡れになりながらトレッキングでカンピレーの滝を見に行ったり、
あるいはカヤック・ツアーに参加して、ピナイサーラの滝の滝つぼに入ったり、
日本最南端の天然温泉に入りに行ったり、
さらには、ペンション前に広がる海岸でシュノーケリングをしている内に、あっという間に3日間が過ぎ去っていった。
雨が降っているからこそ、通常はチョロチョロと流れる程度らしいピナイサーラの滝は激しい水流となって流れ落ちており、その雄大な荒々しさは1年経った今でも忘れる事ができないでいる。

↑自分で撮った写真じゃないですが
-------------------------------------------------
西表島から石垣島に戻り、最後の夜を石垣島で過ごす。
1泊目のような、おバカな事はせず、理性的に過ごすことにしよう・・・・。
八重山好きのゲイ友に教えてもらった、石垣に2件しかないゲイバーの1件に行ってみる。
閉鎖的な田舎街だからこそ、東京や大阪のように堂々とゲイバーを営む訳にはいかず、2件とも普通の民家のキッチンを利用して、看板も出さずに営業を行っているらしい。
だからネットで検索しても、2件とも店のHPに地図や住所は載せていない。
それを聞いた俺は、その閉鎖的な田舎街の路上で男同士でキスをした数日前の愚行を改めて恥ずかしく思う。
男2人でゲイバーを訪れれば、店の人は当然のごとく、「お2人はカップルですか?」と尋ねる。
そのように尋ねられて、ココでそれを否定する理由は俺達にないように感じた。
俺:「ええ。俺達は恋人ですよ。」
それを聞いたCは、驚いた表情で俺の顔を見つめた。
ゲイバーからホテルに戻る途上、Cは「俺達が知り合って1年半になり、ああいう関係になり1年が経つけど、”恋人だ”と言ってくれたのは初めてだね。とっても嬉しいよ!」と言った。
俺は、ただ黙ってCの手を握り締めた。
まだ路上だけどもう真夜中だし、周囲には誰もいないんだから、手くらい握っても問題ないよな?
-------------------------------------------------
ホテルにて。
タンクトップ姿のCの寝顔を見ながら、俺はぼんやりと考えている。
肩幅が通常より広い男(C)が横向きに寝ると、肩を折り畳むようなイビツな形になるんだね。
ちょっと、新鮮な驚きである。
この旅行での俺は、大阪にいる時より遥かに直情的に行動しているよなぁ。
そして改めて、Cが俺の「回答」を待ち続けていてくれているんだ、と痛感する。
このままじゃ、Cにも、Kにも申し訳なさ過ぎる。
どうやら、Cが別の男を見つけて、俺達の関係が緩やかに「友情」へと移行するという(俺が想定していた)未来はなさそうである。
遠からず、俺は「決断」をしなければなるまい。
6月末のKとの石垣島・波照間島旅行に続き、今度はCと沖縄の色表島に旅する事になった。
「続けて沖縄を訪れたい」と思うほどに、石垣・波照間の海は衝撃的であり、その光景をCに見せてあげたかったんだ。
過去、Cとは近隣の温泉旅行に2度行っている為「初めての旅行」とは言えないものの、4泊5日という行程は今までで最大であり、しかも今回は日本の南端である。
それは、「Cが大阪に移ってきて、始めてまとまった休みが取れたから有効に活用しよう」という理由からスタートした計画であった。
しかし一方で、「この4泊5日もの長期間、一緒に顔を合わせていたら、“その先”を上手くやっていけるか見極めがつくだろう」という考えがあったのも事実だろう。
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波照間や西表の八重山諸島は石垣島を中心に船で渡る為、1泊目と最後の夜は石垣島に泊った。
初日の石垣島にて、俺達は有名な石垣牛の焼肉屋に行った。
そこでは地元で取れる新鮮な肉と、同じく地元で造られた泡盛を堪能した。
これから始まる旅のワクワク感と、大阪から遠く離れた解放感のせいだろうか?
俺は通常以上に泡盛で酔っぱらい、陽気で開放的な気分になっていた。
徒歩でホテルに戻りながら、突然、隣を歩くCにキスしたいという欲望を抑えきれなくなってしまったんだ。
俺:「なぁ、今からお前にキスするぞ!」
C:「えぇ〜?ここ、路上じゃん?ダメだよー」
俺:「前にも後ろにも、誰もおらへんやん。それに誰かに見られたところで、どうせ他人だから構わないさ」
C:「ダメ!絶対にダメ!もう少しでホテルなんだから、ちょっとくらい我慢しなよ〜。」
俺は、抵抗するCに力づくでキスをした。
Cは嫌がっていたくせに目がトロンとなり、2〜3秒の間、身を俺に委ねた。
こんな路上で、そんな事をやってしまうなんて・・・今思えば恥ずかしい限りだが、この時の俺はどうかしていたのかもしれない。
俺:「やっぱ、焼肉の味がするわ」
C:「・・・・・・・・・・・。」
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石垣島と波照間島の中間に位置する西表島は、密林でほとんどの面積を占められている、荒々しい概観の島であった。
穏やかな地形が、青い空と碧い海に溶け込む波照間島とは対照的である。
さらに西表島は沖縄県の中で、沖縄本島に続く2番目の面積を有しており、波照間島の20倍以上の広さでもある。
西表島といえばイリオモテヤマネコが有名であるが、既に100匹程しか生存していないらしい。
おりしも、フィリピン沖で台風が発生しており、その進路予定コースに西表島を含む八重山諸島があり、天候は下り坂であった。
それでもっても密林に覆われた島なのに、西表島に降り立った時、島の奥地は厚い雲に覆われており、パラパラと雨が降り始めていた。
西表島の第一印象は、「なんて、暗くて黒い島なんだろう」というものであった。
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西表で過ごす期間はほとんど太陽を見る事はなく、予約していた「ボートで沖合まで出掛けるシュノーケリングツアー」も中止となってしまった。
Cは、しょげながら「せっかくタロと一緒にこんな遠くに来たのに、天候に恵まれずツイてないなぁ」と言った。
全く同感であるが、嘆いた所で天気が良くなる訳でもないので、「天気が悪くても楽しめる事はきっとある筈だから、できる限り楽しもうや」と答えた。
その言葉どおり、観光遊覧船に乗ったり、雨のジャングルをずぶ濡れになりながらトレッキングでカンピレーの滝を見に行ったり、
あるいはカヤック・ツアーに参加して、ピナイサーラの滝の滝つぼに入ったり、
日本最南端の天然温泉に入りに行ったり、
さらには、ペンション前に広がる海岸でシュノーケリングをしている内に、あっという間に3日間が過ぎ去っていった。
雨が降っているからこそ、通常はチョロチョロと流れる程度らしいピナイサーラの滝は激しい水流となって流れ落ちており、その雄大な荒々しさは1年経った今でも忘れる事ができないでいる。
↑自分で撮った写真じゃないですが
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西表島から石垣島に戻り、最後の夜を石垣島で過ごす。
1泊目のような、おバカな事はせず、理性的に過ごすことにしよう・・・・。
八重山好きのゲイ友に教えてもらった、石垣に2件しかないゲイバーの1件に行ってみる。
閉鎖的な田舎街だからこそ、東京や大阪のように堂々とゲイバーを営む訳にはいかず、2件とも普通の民家のキッチンを利用して、看板も出さずに営業を行っているらしい。
だからネットで検索しても、2件とも店のHPに地図や住所は載せていない。
それを聞いた俺は、その閉鎖的な田舎街の路上で男同士でキスをした数日前の愚行を改めて恥ずかしく思う。
男2人でゲイバーを訪れれば、店の人は当然のごとく、「お2人はカップルですか?」と尋ねる。
そのように尋ねられて、ココでそれを否定する理由は俺達にないように感じた。
俺:「ええ。俺達は恋人ですよ。」
それを聞いたCは、驚いた表情で俺の顔を見つめた。
ゲイバーからホテルに戻る途上、Cは「俺達が知り合って1年半になり、ああいう関係になり1年が経つけど、”恋人だ”と言ってくれたのは初めてだね。とっても嬉しいよ!」と言った。
俺は、ただ黙ってCの手を握り締めた。
まだ路上だけどもう真夜中だし、周囲には誰もいないんだから、手くらい握っても問題ないよな?
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ホテルにて。
タンクトップ姿のCの寝顔を見ながら、俺はぼんやりと考えている。
肩幅が通常より広い男(C)が横向きに寝ると、肩を折り畳むようなイビツな形になるんだね。
ちょっと、新鮮な驚きである。
この旅行での俺は、大阪にいる時より遥かに直情的に行動しているよなぁ。
そして改めて、Cが俺の「回答」を待ち続けていてくれているんだ、と痛感する。
このままじゃ、Cにも、Kにも申し訳なさ過ぎる。
どうやら、Cが別の男を見つけて、俺達の関係が緩やかに「友情」へと移行するという(俺が想定していた)未来はなさそうである。
遠からず、俺は「決断」をしなければなるまい。
2011年08月30日
最終章:2010年8月(1)
7月末。
相方Kが突然熱を出し、寝込んでしまった。
38.8度というから、ただ事じゃない。
ちょっとした風邪なら放置しても良いのだが、この暑い時期にそんなに発熱すると辛いだろう。
俺は、ほぼ毎日ウチに出入りしていたCに、「Kが酷く体調を崩しているから、しばらくウチに泊まらせてやろうと思うんだ」と話した。
Cは、「オッケーだよ。こういう時はきちんと看病してあげなよ」と快諾した。
こういう時、若造のクセに、物分かりが良くて理性的なCをいじらしく思う。
そだね・・・Kにされた事(07年9月6日の日記)(09年9月17日の日記)を、Kにやり返す必要なんてないさ・・・。
近所の病院に罹らせると、「風邪だろう」との診断により普通の薬が処方された。
--------------------------------------------------
8月となり、熱は多少治まったものの、相変わらず微熱が続いており、首のリンパ節が腫れているようであった。
あまりにも回復が遅れているため、俺は「もしかしたら普通の風邪ではないのではないか?」と心配になりはじめた。
嫌がるKを無理やり別の病院に行かせたところ、医師は初見で「肝炎かもしれない。だとしたら入院が必要かも?」と言ったそうだ。
それを聞いた俺は驚き、「やはり、(不特定多数との)セックスが原因なのか?」とKに聞くと、「そうとは限らないよ。もともと持っているウイルスが、体力が弱ったときに顕在化する事だってあるだろう。」と答えた。
・・・・そういうものなのか???
とにかく、どういう感染ルートあるいは発生原因かは分からないが、Kの体調が心配である。
「付き合い始めたときより15キロは太ったなぁ」と揶揄し続けたKの体型は、最近になり急にやつれ、頬はこけ、目にはクマができていた。
同棲していた頃のKと比べると、今のKは10歳近く老けて見えた。
確かに、痩せて欲しいとは思っていたが、こういう不健康な状態を望んだわけじゃない!
--------------------------------------------------
検査の結果、医師の下した診断は「伝染性単核球症」という、初めて耳にする病気であった。
キス等で感染する病気であり、多くの人が抗体を持っているらしい。
抗生物質で完治するらしく、さほど重たい病気ではないらしい。
キスで感染するとなると、俺もウイルスを持っているんだろうなぁ。
抗生剤が処方され、それを服用した数日後、Kの体調は快方に向かった。
結局、Kの体調が回復したのは8月の半ばになり、Kは2週間近くも体調を崩してバイトを休む事になってしまった。
ほんと、重篤な病気でなくて良かった。
俺んちにて、Kは横になりながら「タロ・・・。こういう病気の時、付き添ってくれる人がいるってどんなに素晴らしいか、良く分かったよ。ほんとにありがとう。」と言った。
Kが、せめて1年前(Cと深い関係に至る前)に、「それ」に気づいていてくれたら・・・・。
相方Kが突然熱を出し、寝込んでしまった。
38.8度というから、ただ事じゃない。
ちょっとした風邪なら放置しても良いのだが、この暑い時期にそんなに発熱すると辛いだろう。
俺は、ほぼ毎日ウチに出入りしていたCに、「Kが酷く体調を崩しているから、しばらくウチに泊まらせてやろうと思うんだ」と話した。
Cは、「オッケーだよ。こういう時はきちんと看病してあげなよ」と快諾した。
こういう時、若造のクセに、物分かりが良くて理性的なCをいじらしく思う。
そだね・・・Kにされた事(07年9月6日の日記)(09年9月17日の日記)を、Kにやり返す必要なんてないさ・・・。
近所の病院に罹らせると、「風邪だろう」との診断により普通の薬が処方された。
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8月となり、熱は多少治まったものの、相変わらず微熱が続いており、首のリンパ節が腫れているようであった。
あまりにも回復が遅れているため、俺は「もしかしたら普通の風邪ではないのではないか?」と心配になりはじめた。
嫌がるKを無理やり別の病院に行かせたところ、医師は初見で「肝炎かもしれない。だとしたら入院が必要かも?」と言ったそうだ。
それを聞いた俺は驚き、「やはり、(不特定多数との)セックスが原因なのか?」とKに聞くと、「そうとは限らないよ。もともと持っているウイルスが、体力が弱ったときに顕在化する事だってあるだろう。」と答えた。
・・・・そういうものなのか???
とにかく、どういう感染ルートあるいは発生原因かは分からないが、Kの体調が心配である。
「付き合い始めたときより15キロは太ったなぁ」と揶揄し続けたKの体型は、最近になり急にやつれ、頬はこけ、目にはクマができていた。
同棲していた頃のKと比べると、今のKは10歳近く老けて見えた。
確かに、痩せて欲しいとは思っていたが、こういう不健康な状態を望んだわけじゃない!
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検査の結果、医師の下した診断は「伝染性単核球症」という、初めて耳にする病気であった。
キス等で感染する病気であり、多くの人が抗体を持っているらしい。
抗生物質で完治するらしく、さほど重たい病気ではないらしい。
キスで感染するとなると、俺もウイルスを持っているんだろうなぁ。
抗生剤が処方され、それを服用した数日後、Kの体調は快方に向かった。
結局、Kの体調が回復したのは8月の半ばになり、Kは2週間近くも体調を崩してバイトを休む事になってしまった。
ほんと、重篤な病気でなくて良かった。
俺んちにて、Kは横になりながら「タロ・・・。こういう病気の時、付き添ってくれる人がいるってどんなに素晴らしいか、良く分かったよ。ほんとにありがとう。」と言った。
Kが、せめて1年前(Cと深い関係に至る前)に、「それ」に気づいていてくれたら・・・・。
2011年08月09日
最終章:2010年7月(2)
7月下旬。
毎年7月25日に行われる天神祭は、この年、日曜日であった。
クライマックスに打ち上げられる花火が、我が家のバルコニーから真正面に見える為、近隣のゲイ友10数人が俺んちに集まり、飲み会が行われる事となった。
Kとは別れたのではなく、「少し距離を置いている=未だ俺達はカップルである」と周囲には伝えている。
だから、この日のホスト役は俺&Kであり、調理師免許を持つKが手料理を振舞う事になったんだ。
Kが「タロがメインホストなんだから、一緒にメニューを考えてよ。」と言うので、俺達は料理本を見て「これがいいね。あっ、これも美味しそう♪」と言いながら、数日前から2人で料理構成を考えた。
-------------------------------------------------------
前日の土曜日夜。
「当日の朝から作っていては、夕方までに間に合わない」と言うので、Kは俺んちに泊り込んで料理の仕込みを行った。
さらに料理自慢の友人Nが、Kの手伝いの為に同じく前夜から駆けつけてくれた。
一方の俺はというと、買い物は手伝ったものの、「男子、厨房に入らず」といった感じで、2人の働きを傍観していた。
こういうのは、専門家や得意な人に任せるに限るよな。
だけど、男3人で味見したり、夜食のデザートを食べたりしながらワイワイやるのって、いかにも「前夜祭」って感じで楽しい。
-------------------------------------------------------
天神祭の夕方。
10数人のゲイ友が、デザートや酒を片手に我が家に駆けつけた。
中にはそれほど親しくない人もいたが、「友達が、その友達を誘う」といった感じで、どんどん人数が膨らんでいったんだ。
そしてその中には、「来客としてのC」もいた。
相変わらず、Cとの関係は秘密にされていた。
周囲のゲイ友数人がCにアプローチをかけてフラれた事実を知っている以上、「実は、俺とCはデキていた」なんて安易にバラす訳にはいかない・・・。
友人:「C君さぁ、N君からTUBEのコンサートに誘われて断ったんだって?」
C:「TUBEって、流行っていたのは生まれた頃だと思うんで、よく分からなくて・・・」
それを聞いた俺は、「せめて、Cが観たがっているミュージカル“WICKED”に誘ったら、とりあえず、デートは成立しただろうに。Nは、事前の情報収集不足やねん!」と思いながらも黙っていた。
俺とCの事がバレたら、Nとの友人関係は悪化するだろうなぁ・・・・。
-------------------------------------------------------
2日前からハーブに漬け込んだローストビーフをメインに、様々な普段は食べない料理がK&Nによって振舞われ、
俺達はバルコニーの斜め下方に見える花火を横目で観ながら、ワイン・焼酎・梅酒等を堪能した。
さすがに前日から2人がかりで作っただけの事はあり、どの料理も手が込んでいる。

何人かの男は、ただ黙々とiPhoneのGPS対応・ゲイ出会いアプリ(Grinder やJacked)で、近隣のゲイをサーチしたり、あるいはその場にいない誰かにメッセージを送ったりしていた。
中には、彼氏が目の前にいるのに、他の男とチャットをしているらしき40代の男(H)もいた。
それらを見るにつれ、Docomo(非スマートフォン)を使う俺は「こんな場所に来てまで、そんな事せんでええのに」と苦々しく思う。
こういうのを非常識だと思う俺は、古いタイプの人間なんだろうか?
--------------------------------------------------------
花火が終わり、料理・酒・デザートを平らげ、友人達は帰宅していった。
上記の「iPhone出会いアプリ族」はともかくとして、こんなに沢山の同類(ゲイ)と楽しい時間を共有できるなんて素敵だね!
年齢がバラバラ(20代〜40代)で、職業も全く異なる男が10数人もこの部屋に入るのは初めてであり、賑やかだがアットホームな雰囲気で料理や酒を楽しむ事ができた。
ホスト役は(料理をしないでも)、準備や片付けやらで本当に大変だったので、次回はより少人数か、もしくは別の場所でやりたいと思うが、
それでも、こういう季節の風物詩と、人の繋がりは大切にしたいと思う。
ふと、Kが部屋にいないので探してみると、彼はバルコニー隅のリクライニング・チェアーで横になり、イビキをかきながら眠っていた。
前夜からの準備で疲れ果てたのだろうか? それとも酒に酔ったのだろうか?
どちらにしろ、良い夢を見ていてもらいたいもんだ・・・。
Kよ・・・。
お疲れ様! 料理、とっても美味しかったよ。
しかも、俺が「食べたい」と言ったものばかりを作ってくれたんだね。
こんなに時間と労力をかけて作ってくれたのは、何よりも俺の顔を立てる為だったって事、理解しているつもりだよ。
今夜は、そんなお前の「想い」を、少し、感じることができたように思うんだ。
そしてだからこそ、俺の心は未だにKとCの間で揺れ動いているんだ・・・。
毎年7月25日に行われる天神祭は、この年、日曜日であった。
クライマックスに打ち上げられる花火が、我が家のバルコニーから真正面に見える為、近隣のゲイ友10数人が俺んちに集まり、飲み会が行われる事となった。
Kとは別れたのではなく、「少し距離を置いている=未だ俺達はカップルである」と周囲には伝えている。
だから、この日のホスト役は俺&Kであり、調理師免許を持つKが手料理を振舞う事になったんだ。
Kが「タロがメインホストなんだから、一緒にメニューを考えてよ。」と言うので、俺達は料理本を見て「これがいいね。あっ、これも美味しそう♪」と言いながら、数日前から2人で料理構成を考えた。
-------------------------------------------------------
前日の土曜日夜。
「当日の朝から作っていては、夕方までに間に合わない」と言うので、Kは俺んちに泊り込んで料理の仕込みを行った。
さらに料理自慢の友人Nが、Kの手伝いの為に同じく前夜から駆けつけてくれた。
一方の俺はというと、買い物は手伝ったものの、「男子、厨房に入らず」といった感じで、2人の働きを傍観していた。
こういうのは、専門家や得意な人に任せるに限るよな。
だけど、男3人で味見したり、夜食のデザートを食べたりしながらワイワイやるのって、いかにも「前夜祭」って感じで楽しい。
-------------------------------------------------------
天神祭の夕方。
10数人のゲイ友が、デザートや酒を片手に我が家に駆けつけた。
中にはそれほど親しくない人もいたが、「友達が、その友達を誘う」といった感じで、どんどん人数が膨らんでいったんだ。
そしてその中には、「来客としてのC」もいた。
相変わらず、Cとの関係は秘密にされていた。
周囲のゲイ友数人がCにアプローチをかけてフラれた事実を知っている以上、「実は、俺とCはデキていた」なんて安易にバラす訳にはいかない・・・。
友人:「C君さぁ、N君からTUBEのコンサートに誘われて断ったんだって?」
C:「TUBEって、流行っていたのは生まれた頃だと思うんで、よく分からなくて・・・」
それを聞いた俺は、「せめて、Cが観たがっているミュージカル“WICKED”に誘ったら、とりあえず、デートは成立しただろうに。Nは、事前の情報収集不足やねん!」と思いながらも黙っていた。
俺とCの事がバレたら、Nとの友人関係は悪化するだろうなぁ・・・・。
-------------------------------------------------------
2日前からハーブに漬け込んだローストビーフをメインに、様々な普段は食べない料理がK&Nによって振舞われ、
俺達はバルコニーの斜め下方に見える花火を横目で観ながら、ワイン・焼酎・梅酒等を堪能した。
さすがに前日から2人がかりで作っただけの事はあり、どの料理も手が込んでいる。
何人かの男は、ただ黙々とiPhoneのGPS対応・ゲイ出会いアプリ(Grinder やJacked)で、近隣のゲイをサーチしたり、あるいはその場にいない誰かにメッセージを送ったりしていた。
中には、彼氏が目の前にいるのに、他の男とチャットをしているらしき40代の男(H)もいた。
それらを見るにつれ、Docomo(非スマートフォン)を使う俺は「こんな場所に来てまで、そんな事せんでええのに」と苦々しく思う。
こういうのを非常識だと思う俺は、古いタイプの人間なんだろうか?
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花火が終わり、料理・酒・デザートを平らげ、友人達は帰宅していった。
上記の「iPhone出会いアプリ族」はともかくとして、こんなに沢山の同類(ゲイ)と楽しい時間を共有できるなんて素敵だね!
年齢がバラバラ(20代〜40代)で、職業も全く異なる男が10数人もこの部屋に入るのは初めてであり、賑やかだがアットホームな雰囲気で料理や酒を楽しむ事ができた。
ホスト役は(料理をしないでも)、準備や片付けやらで本当に大変だったので、次回はより少人数か、もしくは別の場所でやりたいと思うが、
それでも、こういう季節の風物詩と、人の繋がりは大切にしたいと思う。
ふと、Kが部屋にいないので探してみると、彼はバルコニー隅のリクライニング・チェアーで横になり、イビキをかきながら眠っていた。
前夜からの準備で疲れ果てたのだろうか? それとも酒に酔ったのだろうか?
どちらにしろ、良い夢を見ていてもらいたいもんだ・・・。
Kよ・・・。
お疲れ様! 料理、とっても美味しかったよ。
しかも、俺が「食べたい」と言ったものばかりを作ってくれたんだね。
こんなに時間と労力をかけて作ってくれたのは、何よりも俺の顔を立てる為だったって事、理解しているつもりだよ。
今夜は、そんなお前の「想い」を、少し、感じることができたように思うんだ。
そしてだからこそ、俺の心は未だにKとCの間で揺れ動いているんだ・・・。
2011年08月08日
最終章:2010年7月(1)
7月上旬。
波照間から戻った後の数日間、俺は首・腕・脚に広がった汗疹(あせも)に苦しんでいた。
石垣・波照間は想像以上に高温かつ多湿であり、普段、空調に頼りきりの俺の身体は上手く対処できず、異常なまでに汗をかきまくったようである。
まぁだからこそ、泡盛が美味しく、しかも悪酔いしなったのかもしれないけどね。
一方のKは、旅行から戻ると風邪を引いて寝込み、数日間バイトを休んだ。
別居してから、彼はやたらと風邪を引いているような気がする。
こいつ・・・昔からこんなに病弱だったっけ?
そんな彼を見ていると、「きちんと野菜を食べているのだろうか?」「適度に睡眠や運動をとっているのだろうか?」と、俺自身がココから追い出した本人のクセに心配になってくる。
Kに尋ねると、「大丈夫。毎日、コンビニで売っている野菜ジュースを飲んでいるから。」と答えた。
俺は栄養士ではないが、そんなんじゃダメなのは分かる。
確かにあの部屋だと自炊はキツいのかもしれないが、特に今は身体が資本なんだから、健康にだけは気を遣ってもらいたいんだ。
せめて、週に1回の夕飯だけでも、身体に良いモノを食わせてやろう。
-------------------------------------------------------
7月中旬。
旅行から戻って半月が経過しても、Kは旅行費用を払わなかった。
「“ちゃんと払うから、旅行に動向したい”と言っただろう?」と問い質すと、
Kは、「6月末は旅行でバイトを休んだし、7月初頭も風邪で休んだから、今月は厳しいんだもん」と答えた。
「だったら、いつになったら払うねん?」と尋ねると、「分からない。そのうちだよ。」と答えた。
そりゃ経済的に苦しいのは分かるが、だったら何故・・・・。
確かに、Kとの2人旅はとても楽しかったよ。
石垣島・波照間島にいる間、俺達は浮気問題や金銭問題から一時的に開放されて、「10年間、付き合ってきた円満カップル」としての時間を満喫した。(エッチはないが)
だけど大阪に戻ってきて、こんなふうに金銭でグダグダしてしまうと、折角の楽しい思い出が台無しじゃないか!
そんな顛末で、俺達の関係が元通りになると、Kは本気で思っていたのだろうか??
・・・っと考えたのだが、実際に彼が金銭的に苦しいのは十分理解できるので、これ以上追及しない事にした。
もともと、こうなる可能性がある事は分かっていたんだ。
こうなって欲しくはなかったけど。
だけどこの瞬間、Kと「年下の男C」との間で揺れ動いていた俺の気持ちが、少しだけCの方に傾いたような気がしたのも事実である。
どんなに気が合って、阿吽の呼吸で意志の疎通ができたとしても、それだけじゃ恋人として一緒にやっていく事は難しい。
無論、「ヒトとして誠実であるか?」が一番大切であるが、
それに加えて、同じ男として「仕事に励んで、前に進んでいく男」「その結果として、経済的に困らない程度の包容力がある男」の生き様が、俺は好きなんだ。
波照間から戻った後の数日間、俺は首・腕・脚に広がった汗疹(あせも)に苦しんでいた。
石垣・波照間は想像以上に高温かつ多湿であり、普段、空調に頼りきりの俺の身体は上手く対処できず、異常なまでに汗をかきまくったようである。
まぁだからこそ、泡盛が美味しく、しかも悪酔いしなったのかもしれないけどね。
一方のKは、旅行から戻ると風邪を引いて寝込み、数日間バイトを休んだ。
別居してから、彼はやたらと風邪を引いているような気がする。
こいつ・・・昔からこんなに病弱だったっけ?
そんな彼を見ていると、「きちんと野菜を食べているのだろうか?」「適度に睡眠や運動をとっているのだろうか?」と、俺自身がココから追い出した本人のクセに心配になってくる。
Kに尋ねると、「大丈夫。毎日、コンビニで売っている野菜ジュースを飲んでいるから。」と答えた。
俺は栄養士ではないが、そんなんじゃダメなのは分かる。
確かにあの部屋だと自炊はキツいのかもしれないが、特に今は身体が資本なんだから、健康にだけは気を遣ってもらいたいんだ。
せめて、週に1回の夕飯だけでも、身体に良いモノを食わせてやろう。
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7月中旬。
旅行から戻って半月が経過しても、Kは旅行費用を払わなかった。
「“ちゃんと払うから、旅行に動向したい”と言っただろう?」と問い質すと、
Kは、「6月末は旅行でバイトを休んだし、7月初頭も風邪で休んだから、今月は厳しいんだもん」と答えた。
「だったら、いつになったら払うねん?」と尋ねると、「分からない。そのうちだよ。」と答えた。
そりゃ経済的に苦しいのは分かるが、だったら何故・・・・。
確かに、Kとの2人旅はとても楽しかったよ。
石垣島・波照間島にいる間、俺達は浮気問題や金銭問題から一時的に開放されて、「10年間、付き合ってきた円満カップル」としての時間を満喫した。(エッチはないが)
だけど大阪に戻ってきて、こんなふうに金銭でグダグダしてしまうと、折角の楽しい思い出が台無しじゃないか!
そんな顛末で、俺達の関係が元通りになると、Kは本気で思っていたのだろうか??
・・・っと考えたのだが、実際に彼が金銭的に苦しいのは十分理解できるので、これ以上追及しない事にした。
もともと、こうなる可能性がある事は分かっていたんだ。
こうなって欲しくはなかったけど。
だけどこの瞬間、Kと「年下の男C」との間で揺れ動いていた俺の気持ちが、少しだけCの方に傾いたような気がしたのも事実である。
どんなに気が合って、阿吽の呼吸で意志の疎通ができたとしても、それだけじゃ恋人として一緒にやっていく事は難しい。
無論、「ヒトとして誠実であるか?」が一番大切であるが、
それに加えて、同じ男として「仕事に励んで、前に進んでいく男」「その結果として、経済的に困らない程度の包容力がある男」の生き様が、俺は好きなんだ。
2011年07月21日
最終章:2010年6月(3)
2010年6月末
俺とKは、石垣島から船で1時間かけて波照間島に渡る。
波照間の場所を地図で見ると、改めて「沖縄本島からもこんなに離れているんだぁ」と驚く。
波照間の海は単なる青ではなく「クリームのような青色」であり、空も無限に青く澄み渡っていた。
特に“ニシ浜”の光景は、観光ガイドやネットの写真で見たままの美しさであり、色とりどりの珊瑚と無数の熱帯魚は、まさしく南の楽園の光景であった。

この美しさは去年訪れたバリ島の海なんか、比べ物にならない。
友人の誰かが「八重山の海は世界一美しい」と言っていたが、強ち誇張ではないのかもしれない。
バイクだと1周20分程で周れてしまう、この小さな島には、南国の鮮やかな色の草花とサトウキビ畑しかなく、ココだけは日本本土から隔離されて時間が止まっているかのような錯覚に陥った。
バイク後部席に座るKは、俺の腰にしがみ付きながら、ご機嫌の様子で森山良子の「さとうきび畑(のサビ部分)」をエンドレスで歌っていたが、確かにそんな気分になるのも判る。
この島でしか入手できないといわれる泡盛「泡波」を飲み、この島で生産された黒糖をかじり、青い空や青い海を見ながら、昼間からゴロゴロする。
今まで泡盛はそれほど好きでもなかったが、この暑い気候の中で汗を流しながら飲んでいると、不思議と悪酔いせずにアルコールがすぅーっと身体に浸透していき、いつの間にか気持ちよく眠ってしまう。
昼寝から起きると、海に潜って魚達と戯れたり、バイクで島内を隅々まで走ったり、何箇所かある食堂や売店を回っては物色し、それらに飽きるとまた泡波を飲んで寝る。
夕方になるとニシ浜まで行き、夕日が海に沈んでいくのを、ぼぉーっと眺める。
こうしているうちに、滞在期間の3日間はあっという間に過ぎていった。
Kは、「ほんと何もない島だけど、とっても素晴らしい所だね。こんなにイイ場所が日本にあるなんて、今まで知らなかったよ!」と嬉しそうに言った。
波照間の美しさについては全く同感であるが、一方で俺は別の事を考えていた。
俺達は、恋人としては末期状態であるのに・・・どうしてKと一緒にいると、こんなに居心地が良いのだろう??
10年も一緒にいたのだから当然かもしれないが、「2人でいる」事がとっても自然な事のように思えてくるんだ。
確かに俺は、「Kと、いつか再びこの島を訪れたい」と考えている。
30代半ばを過ぎながら、経済的にも職業的にもヤバい状態で、しかもセックスに関しては全く節操がない・・・・こんな、どうしようもない男の、無邪気に喜ぶ笑顔が脳裏から離れないのは何故なんだろう??
大阪の地元駅に着くと、俺達は「じゃあね!」と言って別方向に分かれた。
俺はKの背中を眺めながら、「引き止めたい」という強い気持ちに駆られた・・・。
自宅に戻ると、年下の男Cが待っていてくれた。
Cの笑顔が、「夏の朝日」のように爽やかで眩しく感じるのは、単にCが若いからだけではないだろう。
C:「なんだか、とっても久しぶりな気がする。やっぱり、タロのいない毎日は寂しかったよ〜。」
俺:「俺もCに会いたかったよ。波照間でも入手しにくいという泡盛を運良くゲットしたんだ。早速、飲んでみようか? ありがたく頂戴せいや♪」
俺とKは、石垣島から船で1時間かけて波照間島に渡る。
波照間の場所を地図で見ると、改めて「沖縄本島からもこんなに離れているんだぁ」と驚く。
波照間の海は単なる青ではなく「クリームのような青色」であり、空も無限に青く澄み渡っていた。
特に“ニシ浜”の光景は、観光ガイドやネットの写真で見たままの美しさであり、色とりどりの珊瑚と無数の熱帯魚は、まさしく南の楽園の光景であった。
この美しさは去年訪れたバリ島の海なんか、比べ物にならない。
友人の誰かが「八重山の海は世界一美しい」と言っていたが、強ち誇張ではないのかもしれない。
バイクだと1周20分程で周れてしまう、この小さな島には、南国の鮮やかな色の草花とサトウキビ畑しかなく、ココだけは日本本土から隔離されて時間が止まっているかのような錯覚に陥った。
バイク後部席に座るKは、俺の腰にしがみ付きながら、ご機嫌の様子で森山良子の「さとうきび畑(のサビ部分)」をエンドレスで歌っていたが、確かにそんな気分になるのも判る。
この島でしか入手できないといわれる泡盛「泡波」を飲み、この島で生産された黒糖をかじり、青い空や青い海を見ながら、昼間からゴロゴロする。
今まで泡盛はそれほど好きでもなかったが、この暑い気候の中で汗を流しながら飲んでいると、不思議と悪酔いせずにアルコールがすぅーっと身体に浸透していき、いつの間にか気持ちよく眠ってしまう。
昼寝から起きると、海に潜って魚達と戯れたり、バイクで島内を隅々まで走ったり、何箇所かある食堂や売店を回っては物色し、それらに飽きるとまた泡波を飲んで寝る。
夕方になるとニシ浜まで行き、夕日が海に沈んでいくのを、ぼぉーっと眺める。
こうしているうちに、滞在期間の3日間はあっという間に過ぎていった。
Kは、「ほんと何もない島だけど、とっても素晴らしい所だね。こんなにイイ場所が日本にあるなんて、今まで知らなかったよ!」と嬉しそうに言った。
波照間の美しさについては全く同感であるが、一方で俺は別の事を考えていた。
俺達は、恋人としては末期状態であるのに・・・どうしてKと一緒にいると、こんなに居心地が良いのだろう??
10年も一緒にいたのだから当然かもしれないが、「2人でいる」事がとっても自然な事のように思えてくるんだ。
確かに俺は、「Kと、いつか再びこの島を訪れたい」と考えている。
30代半ばを過ぎながら、経済的にも職業的にもヤバい状態で、しかもセックスに関しては全く節操がない・・・・こんな、どうしようもない男の、無邪気に喜ぶ笑顔が脳裏から離れないのは何故なんだろう??
大阪の地元駅に着くと、俺達は「じゃあね!」と言って別方向に分かれた。
俺はKの背中を眺めながら、「引き止めたい」という強い気持ちに駆られた・・・。
自宅に戻ると、年下の男Cが待っていてくれた。
Cの笑顔が、「夏の朝日」のように爽やかで眩しく感じるのは、単にCが若いからだけではないだろう。
C:「なんだか、とっても久しぶりな気がする。やっぱり、タロのいない毎日は寂しかったよ〜。」
俺:「俺もCに会いたかったよ。波照間でも入手しにくいという泡盛を運良くゲットしたんだ。早速、飲んでみようか? ありがたく頂戴せいや♪」
2011年07月09日
最終章:2010年6月(2)
2010年6月のある週末
あるゲイ友の家にて、10人程が集まって飲んでいた。
そこで、俺とKが別居に至った経緯を報告する。
但し、俺と年下の男Cが”一線を越えた関係”である事は未だ内密である。
友人:「へぇ〜。タロ&Kって、周囲でも一番安定したカップルだと思っていたのにね」
友人:「K君がそんなに浮気症だったなんて、普通に接していたら分からないよねぇ」
友人:「じゃあ、半年後に付き合い続けるか別れるか、話し合うんだ?エラい気が長い話だよなぁ」
------------------------------------------------------------
1年間を通じて、仕事上の繁忙期と閑散期が存在する俺は、例年4〜5月を休みなく働き、その代わり6〜7月をのんびりと過ごす。
去年(09年)は6月後半〜7月上旬にかけて休暇を取り、Kと台湾・バリ島を旅行した。
今年(10年)も6月最終週に休暇を予約しているのだが、Kとはこういう状況だし、Cは大阪での仕事が始まったばかりで休みどころではないようだ。
俺:「6月末の休暇をどのように過ごしたら良いのだろうねぇ。誰か、その時期に一緒に旅行してくれる人はいない?」
友人:「そんなにいきなり&簡単に、仕事を1週間も休むなんてできないで!」
俺:「確かに。俺だって半年前から予約していた休暇だもんなぁ。」
友人:「恋人いない歴2年の僕から言わしてもらうと、世の中には“独り旅”というものも存在するって事、忘れていない?」
俺:「独り旅かぁ。出張に1人で出かけることはあっても、独りで旅行するなんてやったことなかったわ。数日間、一言も発しないとかになりそうで怖いわ・・。」
友人:「はいはい。タロはずっと恋人がいたもんね。だけど、独りで旅行すると、旅先で出会いがあったりして、それはそれで楽しいもんだよ?」
俺:「確かにそうかもしれない。よっし、今年は”独り旅デビュー”をするぞ!」
独り身の友人達:「”初めてのお使い”みたいやな。まぁ・・・健闘を期待しているわ。」
友人:「”独り旅デビュー”とやらをするとして、どこに行くつもり?」
俺:「うーん。まだ何も考えていないんだ。日常の雑踏から離れて、青い海でも見ながら、ボォーっとしたいなぁ。」
友人:「だったら、波照間なんてどう?去年行ったけど、すごく良かったよ!」
俺:「ハテルマ?それ、どこ??」
友人:「沖縄本島のずっと南にある石垣島の、さらに南にある”有人では日本最南端の島”なんだ。人口は5百人くらいの何もない島なんだけど、そこで見る青い海・青い空、そして無限に広がる星空は、きっと感動すると思うよ。」
俺:「おーっ!それ、面白そう。早速、具体的な計画を立ててみるわ。」
------------------------------------------------------------
1週間に1回のKとの夕飯の日。
6月末に波照間に旅行をする計画を立てている旨、Kに話す。
K:「へぇ〜。そんなところがあるんだ。なんだか面白そうだね。」
俺:「うん。ネットで調べてみたけど、石垣島から外海を1時間ほど船に揺られて行く、”離島中の離島”って感じなんだ。想像したら、ちょっとワクワクするよ。」
K:「6月末・・・俺も休みを取れるかもしれない。一緒に行ってはダメ?タロには迷惑をかけないから。」
Kのこの予想外の一言に俺は驚かされた。
確かに、俺達は別居中とはいえ別れた訳ではない。
それに、友人達からは「独り旅を経験しろ」と言われたが、1人より2人のほうが旅行は楽しいに決まっている。
さらに、Kなりに俺との関係修復の糸口を掴もうと、あれこれ模索しているのも分かる。
だけど、2010年5月(2)に書いたような経済状況のKが、国内とはいえ旅行に行く余裕があるのだろうか??
俺:「・・あぁ、分かったよ。だけど、去年のバリ島旅行みたく、”旅行は行くけど、費用は払わない”なんてのはナシだからな。ちゃんと自分の旅行代、出せるんだな?」
K:「うん。大丈夫だよ。」
------------------------------------------------------------
こうして、俺とKは別居中であるにかかわらず、2人で4泊5日の旅に出ることとなった。
行き先は石垣島と波照間島である。
沖縄本島にすら行ったことがないが、初沖縄が波照間なんて、なんともマニアックな行き先である。
あるゲイ友の家にて、10人程が集まって飲んでいた。
そこで、俺とKが別居に至った経緯を報告する。
但し、俺と年下の男Cが”一線を越えた関係”である事は未だ内密である。
友人:「へぇ〜。タロ&Kって、周囲でも一番安定したカップルだと思っていたのにね」
友人:「K君がそんなに浮気症だったなんて、普通に接していたら分からないよねぇ」
友人:「じゃあ、半年後に付き合い続けるか別れるか、話し合うんだ?エラい気が長い話だよなぁ」
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1年間を通じて、仕事上の繁忙期と閑散期が存在する俺は、例年4〜5月を休みなく働き、その代わり6〜7月をのんびりと過ごす。
去年(09年)は6月後半〜7月上旬にかけて休暇を取り、Kと台湾・バリ島を旅行した。
今年(10年)も6月最終週に休暇を予約しているのだが、Kとはこういう状況だし、Cは大阪での仕事が始まったばかりで休みどころではないようだ。
俺:「6月末の休暇をどのように過ごしたら良いのだろうねぇ。誰か、その時期に一緒に旅行してくれる人はいない?」
友人:「そんなにいきなり&簡単に、仕事を1週間も休むなんてできないで!」
俺:「確かに。俺だって半年前から予約していた休暇だもんなぁ。」
友人:「恋人いない歴2年の僕から言わしてもらうと、世の中には“独り旅”というものも存在するって事、忘れていない?」
俺:「独り旅かぁ。出張に1人で出かけることはあっても、独りで旅行するなんてやったことなかったわ。数日間、一言も発しないとかになりそうで怖いわ・・。」
友人:「はいはい。タロはずっと恋人がいたもんね。だけど、独りで旅行すると、旅先で出会いがあったりして、それはそれで楽しいもんだよ?」
俺:「確かにそうかもしれない。よっし、今年は”独り旅デビュー”をするぞ!」
独り身の友人達:「”初めてのお使い”みたいやな。まぁ・・・健闘を期待しているわ。」
友人:「”独り旅デビュー”とやらをするとして、どこに行くつもり?」
俺:「うーん。まだ何も考えていないんだ。日常の雑踏から離れて、青い海でも見ながら、ボォーっとしたいなぁ。」
友人:「だったら、波照間なんてどう?去年行ったけど、すごく良かったよ!」
俺:「ハテルマ?それ、どこ??」
友人:「沖縄本島のずっと南にある石垣島の、さらに南にある”有人では日本最南端の島”なんだ。人口は5百人くらいの何もない島なんだけど、そこで見る青い海・青い空、そして無限に広がる星空は、きっと感動すると思うよ。」
俺:「おーっ!それ、面白そう。早速、具体的な計画を立ててみるわ。」
------------------------------------------------------------
1週間に1回のKとの夕飯の日。
6月末に波照間に旅行をする計画を立てている旨、Kに話す。
K:「へぇ〜。そんなところがあるんだ。なんだか面白そうだね。」
俺:「うん。ネットで調べてみたけど、石垣島から外海を1時間ほど船に揺られて行く、”離島中の離島”って感じなんだ。想像したら、ちょっとワクワクするよ。」
K:「6月末・・・俺も休みを取れるかもしれない。一緒に行ってはダメ?タロには迷惑をかけないから。」
Kのこの予想外の一言に俺は驚かされた。
確かに、俺達は別居中とはいえ別れた訳ではない。
それに、友人達からは「独り旅を経験しろ」と言われたが、1人より2人のほうが旅行は楽しいに決まっている。
さらに、Kなりに俺との関係修復の糸口を掴もうと、あれこれ模索しているのも分かる。
だけど、2010年5月(2)に書いたような経済状況のKが、国内とはいえ旅行に行く余裕があるのだろうか??
俺:「・・あぁ、分かったよ。だけど、去年のバリ島旅行みたく、”旅行は行くけど、費用は払わない”なんてのはナシだからな。ちゃんと自分の旅行代、出せるんだな?」
K:「うん。大丈夫だよ。」
------------------------------------------------------------
こうして、俺とKは別居中であるにかかわらず、2人で4泊5日の旅に出ることとなった。
行き先は石垣島と波照間島である。
沖縄本島にすら行ったことがないが、初沖縄が波照間なんて、なんともマニアックな行き先である。
2011年06月27日
最終章:2010年6月(1)
2010年6月。
10年以上付き合ったKと別居するなんて「大変な事態」であると思っていたのに、気が付くと既に1ヶ月が経過していた。
年下の男Cはさらに頻繁に俺んちで寝泊りをするようになり、週の大部分をこちらで過ごすようになっていった。
やがて当然の流れとして、部屋の合鍵をCに渡す事になった。
年下の男Cと会う頻度が一層高まったことを契機に、Cに「ビアン女性Sとの友情結婚計画」を説明した。
まだ若いCは、「結婚適齢期を過ぎようとするゲイ&ビアンの友情結婚」なんて、実感が沸かない様子であった。
だけどこの計画は、Cと「事実上の恋人」ともいえる関係になる以前から始まっていたものであり、それを認識するCは理性的に言葉を選びつつ、このようにコメントした。
「事の善し悪しは、その立場になってみないと僕にも分からないよ。」
「だけど、タロが選んだ道なんだから、反対はしないつもりだよ。」
------------------------------------------------------------
6月のある週末。
俺とCは、車で2時間程の温泉宿に出掛けた。
ここでは、ビアン女性S&彼女と現地で落ち合う事になっていた。
Sは「形式的」には俺の奥さんになる可能性がある人であるが、「実質面」においても秘密を共有し合う”戦友”として可能な限り仲良くやっていきたいと思っている。
だから、俺を取り巻く環境(相方Kとの別居・Cという男の存在)につき、Sには綺麗事を言わず、ありのままを伝えておきたかった。
そしてCにも、俺と将来の”ごく一部”を共有する事になるであろうSと、良好な関係を築いてもらいたいと思った。
温泉宿で合流したCとS&Sの彼女は、初めはギコちない雰囲気であった。
だけど一緒に懐石を食べ、酒を飲むにつれ、アルコールの勢いもあって打ち解けた雰囲気で話すことができた。
彼女達はCの仕事内容について、興味深く聞き入っていた。
確かに、Cの職種と友達になることは、普通ではあまりないのかもしれない。
------------------------------------------------------------
翌朝。温泉宿をチェックアウトし、彼女達も一緒に俺の車にて大阪に戻る。
年齢差はあれども、男女4人がワイワイ言いながらドライブするなんて、果たして何年ぶりの事だろう?(○○士になって以来、一度もなかったなぁ)
大阪に着きランチを食べると、S&彼女は「2人で買い物してから、それぞれ家に戻ります」と言い、俺達と分かれた。
その後、Cに「彼女達の印象はどうだった?」と聞くと、Cは「ビアン女性と話すのは初めてで緊張したけど、話しやすくて素敵な人達だね」と言った。
それを聞いた俺は、ひとまずホッとした。
あれ?そういや、どうして、俺はCをS達に紹介したんだろう??
もしかして・・・いや、やはり俺は、Cを次の恋人候補として考えているのだろうか??
俺は・・・自分が一体どこを志向しているのか?時々分からなくなる。
10年以上付き合ったKと別居するなんて「大変な事態」であると思っていたのに、気が付くと既に1ヶ月が経過していた。
年下の男Cはさらに頻繁に俺んちで寝泊りをするようになり、週の大部分をこちらで過ごすようになっていった。
やがて当然の流れとして、部屋の合鍵をCに渡す事になった。
年下の男Cと会う頻度が一層高まったことを契機に、Cに「ビアン女性Sとの友情結婚計画」を説明した。
まだ若いCは、「結婚適齢期を過ぎようとするゲイ&ビアンの友情結婚」なんて、実感が沸かない様子であった。
だけどこの計画は、Cと「事実上の恋人」ともいえる関係になる以前から始まっていたものであり、それを認識するCは理性的に言葉を選びつつ、このようにコメントした。
「事の善し悪しは、その立場になってみないと僕にも分からないよ。」
「だけど、タロが選んだ道なんだから、反対はしないつもりだよ。」
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6月のある週末。
俺とCは、車で2時間程の温泉宿に出掛けた。
ここでは、ビアン女性S&彼女と現地で落ち合う事になっていた。
Sは「形式的」には俺の奥さんになる可能性がある人であるが、「実質面」においても秘密を共有し合う”戦友”として可能な限り仲良くやっていきたいと思っている。
だから、俺を取り巻く環境(相方Kとの別居・Cという男の存在)につき、Sには綺麗事を言わず、ありのままを伝えておきたかった。
そしてCにも、俺と将来の”ごく一部”を共有する事になるであろうSと、良好な関係を築いてもらいたいと思った。
温泉宿で合流したCとS&Sの彼女は、初めはギコちない雰囲気であった。
だけど一緒に懐石を食べ、酒を飲むにつれ、アルコールの勢いもあって打ち解けた雰囲気で話すことができた。
彼女達はCの仕事内容について、興味深く聞き入っていた。
確かに、Cの職種と友達になることは、普通ではあまりないのかもしれない。
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翌朝。温泉宿をチェックアウトし、彼女達も一緒に俺の車にて大阪に戻る。
年齢差はあれども、男女4人がワイワイ言いながらドライブするなんて、果たして何年ぶりの事だろう?(○○士になって以来、一度もなかったなぁ)
大阪に着きランチを食べると、S&彼女は「2人で買い物してから、それぞれ家に戻ります」と言い、俺達と分かれた。
その後、Cに「彼女達の印象はどうだった?」と聞くと、Cは「ビアン女性と話すのは初めてで緊張したけど、話しやすくて素敵な人達だね」と言った。
それを聞いた俺は、ひとまずホッとした。
あれ?そういや、どうして、俺はCをS達に紹介したんだろう??
もしかして・・・いや、やはり俺は、Cを次の恋人候補として考えているのだろうか??
俺は・・・自分が一体どこを志向しているのか?時々分からなくなる。
最終章:2010年5月(3)
5月末のある日、俺達は今後の関係について話し合ったんだ。
俺はKに対し、このように話した。
「新しい部屋を最低半年間は契約しないといけないならば、半年後に俺達のこれからについて結論を出そう。」
「だけど、単に過去の事を許すとか許さないとかではなく、仕事やプライベートを含めた、お前の今後の“生き方”について、ビジョンを示してほしいんだ。」
これに対しKは、ただ、「うん。分かった。」と答えた。
こうやって改めて書くと、「俺は一体、“何様”なんだ?」と思えてくる。
だけど、俺自身が他人よりしっかりしているとか、優れているとは思わないけど、やはりKの現状は酷すぎると思うんだ。
三十路半ばを過ぎての仕事・経済・セックスを含むKの生活レベルだと、このままじゃロクな40代・50代〜を迎えられない事は明らかであり、今、彼は人生にとって危機的な状況に陥っているように感じられたんだ。
Kは、「俺からも、1つお願いしていい?」と言った。
俺が「何かな?」と尋ねると、「1週間に一度でいいから、一緒にメシとかに付き合ってよ。だって俺達はまだ、完全に別れた訳じゃないんでしょ?」と言った。
それを聞いた俺は、ここまで俺から突き放されても、そんな発言をするKを一瞬、愛おしく思い、全てを許してしまいたい感情に駆られた。
俺は今でも・・・Kと元通りやり直したいと思ってる。
だけど、今、ここでKを甘やかせれば、K自身が駄目になってしまう。
そう考えた俺は、敢えて冷静さを装い「分かった。週に1回はメシを食おう。だけどそれ以外の時間は、俺の自由に使わせてもらうからな!」と答えた。
俺はKに対し、このように話した。
「新しい部屋を最低半年間は契約しないといけないならば、半年後に俺達のこれからについて結論を出そう。」
「だけど、単に過去の事を許すとか許さないとかではなく、仕事やプライベートを含めた、お前の今後の“生き方”について、ビジョンを示してほしいんだ。」
これに対しKは、ただ、「うん。分かった。」と答えた。
こうやって改めて書くと、「俺は一体、“何様”なんだ?」と思えてくる。
だけど、俺自身が他人よりしっかりしているとか、優れているとは思わないけど、やはりKの現状は酷すぎると思うんだ。
三十路半ばを過ぎての仕事・経済・セックスを含むKの生活レベルだと、このままじゃロクな40代・50代〜を迎えられない事は明らかであり、今、彼は人生にとって危機的な状況に陥っているように感じられたんだ。
Kは、「俺からも、1つお願いしていい?」と言った。
俺が「何かな?」と尋ねると、「1週間に一度でいいから、一緒にメシとかに付き合ってよ。だって俺達はまだ、完全に別れた訳じゃないんでしょ?」と言った。
それを聞いた俺は、ここまで俺から突き放されても、そんな発言をするKを一瞬、愛おしく思い、全てを許してしまいたい感情に駆られた。
俺は今でも・・・Kと元通りやり直したいと思ってる。
だけど、今、ここでKを甘やかせれば、K自身が駄目になってしまう。
そう考えた俺は、敢えて冷静さを装い「分かった。週に1回はメシを食おう。だけどそれ以外の時間は、俺の自由に使わせてもらうからな!」と答えた。
2011年04月30日
最終章:2010年5月(2)
相方Kが出て行った際、内心では「1〜2日で泣きついてくるだろう」と思っていた。
だけど一方で、度重なる浮気が「我慢の限界」に達しているのも確かであり、俺自身、今後の態度を決めかねていた。
ほんとに別れるべきか、それとも従前どおり何かしらの”落し前”をつけて許すべきか?
だけど、そもそも、ここまできて「どういう口実」で許せば良いのだ??
Kを追い出した3日後、予想通り彼は俺に連絡を取ってきた。
ところがその内容は、俺の予測とは若干異なるものであった。
----------------------------------
俺:「この3日間、どこで寝泊まりしていたん?」
K:「追い出された当日はネットカフェに泊り、その後は実家に戻っていたよ。」
K:「確かにタロの怒りはもっともだし、言い訳のしようがない。」
K:「だから、約束どおり俺はココを出て行くよ。」
俺:「・・・・そっか。」
俺は、ただ黙って頷くしかなかった。
Kを追い出したのは、俺自身なんだから。
K:「早速、不動産業者に行き部屋を探してきたんだ。とっても手頃な部屋があったんだよ。」
K:「だけど不動産業者は、”ちゃんと仕事をしている保証人”が必要だと言うんだ。」
K:「タロ・・・保証人になってくれないかな?こんな話、タロにしか頼めないんだよ。」
俺は、呆れながらも了承した。
K:「実はもう1つ、頼みにくいんだけど、お願いがあるんだ」
俺:「なに?保証人以上に頼みにくい内容なんて、そうそうないと思うぞ?」
K:「実は・・・新しい部屋の契約に際して、2ヶ月分の家賃を前納しないといけないんだ」
K:「2ヶ月分の家賃と、5月のバイト代が入るまでの生活費として10万程、貸してくれないかなぁ?」
俺は・・・心底呆れながらも了承した。
その数日後、彼は荷物を運び出して引っ越していった。
ベッドや本棚、デスク等の大型の荷物もあったが、彼の数少ないゲイ友2名が手伝いに来てくれた。
----------------------------------
引っ越し直前の保証人契約書に押印する際に初めて知ったのだが、Kの引っ越し先は俺の住むマンションから徒歩5分の近所だった。
しかも俺んちの自宅ベランダから見下ろせる場所にあり、彼の部屋に灯りが付いているかどうかもはっきり視認できた。
Kが出て行った後、「年下の男C」は頻繁に俺んちに出入りするようになり、週に2〜3日は俺んちから出勤するようになった。
俺が無理にCを呼び付けた訳ではなく、かと言ってCが押し掛けてきた訳でもなく、自然な流れでそのような感じになっていったんだ。
Cと一緒にベランダにて夜景を見ながら晩酌をする。
俺は、「あそこがKの部屋なんだよ!」と指差しながら、「天六とか京橋とか、もっと便利な場所もあるだろうに、なんでわざわざ○○(地名)みたいなマイナーな場所に住むんだろうな」と言った。
Cは、「タロ、それマジで言っているん? 自分の事になるとタロは鈍感だよねー。Kさんの気持ちなんて明らかじゃん!」と言った。
----------------------------------
Kの新たな部屋は、水光熱費込みで月2万7千円のワンルームだった。
大阪市内で、最寄り駅から徒歩5分であり、しかも梅田から自転車でも20分の距離にある事を考えると破格である。
敷金は不要だが、最低6ヶ月間の契約が義務付けられており、6ヶ月内に転居する場合は残存期間の賃料を支払う必要があるらしい。
ベッドとデスクを置くと部屋の大部分のスペースが埋まってしまう狭さであり、部屋の中は「格安ビジネスホテルのシングルルーム」を思わせた。
玄関に相当するスペースやキッチンに相当するスペースはなく、加えて、扉は防音機能を一切備えていない為、廊下を行きかう足音や近隣の部屋の扉を開閉する音が五月蠅い程に聞こえた。
狭い流し台・1口しかない電気コンロ・縦横高さが50cmの冷蔵庫(冷凍なし)が備え付けられていたが、これじゃあ自炊は困難だろう。
洗濯機は別フロアに共同用のものがあるらしい。
部屋には窓が1つ付いているのみであり、ベランダはない。
したがって、洗濯物は部屋干しとなるだろう。
それらを見て、俺は「まるで、どこかの会社の独身寮みたいだな」「若い時は良いけど、30代半ばを超えて住む部屋じゃないだろう」と内心思った。
だけど一方で、「今のKには、確かにこの部屋は相応しい」「この部屋を再スタート地点として、仕事や生活を立て直してほしい」とも思ったんだ。
10年間安定していた、俺とKの「2人の時間」が、俺の制御を離れて動き始めているのを感じていたが、こうなっては事態の推移に身を委ねるしかなかった・・・。
だけど一方で、度重なる浮気が「我慢の限界」に達しているのも確かであり、俺自身、今後の態度を決めかねていた。
ほんとに別れるべきか、それとも従前どおり何かしらの”落し前”をつけて許すべきか?
だけど、そもそも、ここまできて「どういう口実」で許せば良いのだ??
Kを追い出した3日後、予想通り彼は俺に連絡を取ってきた。
ところがその内容は、俺の予測とは若干異なるものであった。
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俺:「この3日間、どこで寝泊まりしていたん?」
K:「追い出された当日はネットカフェに泊り、その後は実家に戻っていたよ。」
K:「確かにタロの怒りはもっともだし、言い訳のしようがない。」
K:「だから、約束どおり俺はココを出て行くよ。」
俺:「・・・・そっか。」
俺は、ただ黙って頷くしかなかった。
Kを追い出したのは、俺自身なんだから。
K:「早速、不動産業者に行き部屋を探してきたんだ。とっても手頃な部屋があったんだよ。」
K:「だけど不動産業者は、”ちゃんと仕事をしている保証人”が必要だと言うんだ。」
K:「タロ・・・保証人になってくれないかな?こんな話、タロにしか頼めないんだよ。」
俺は、呆れながらも了承した。
K:「実はもう1つ、頼みにくいんだけど、お願いがあるんだ」
俺:「なに?保証人以上に頼みにくい内容なんて、そうそうないと思うぞ?」
K:「実は・・・新しい部屋の契約に際して、2ヶ月分の家賃を前納しないといけないんだ」
K:「2ヶ月分の家賃と、5月のバイト代が入るまでの生活費として10万程、貸してくれないかなぁ?」
俺は・・・心底呆れながらも了承した。
その数日後、彼は荷物を運び出して引っ越していった。
ベッドや本棚、デスク等の大型の荷物もあったが、彼の数少ないゲイ友2名が手伝いに来てくれた。
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引っ越し直前の保証人契約書に押印する際に初めて知ったのだが、Kの引っ越し先は俺の住むマンションから徒歩5分の近所だった。
しかも俺んちの自宅ベランダから見下ろせる場所にあり、彼の部屋に灯りが付いているかどうかもはっきり視認できた。
Kが出て行った後、「年下の男C」は頻繁に俺んちに出入りするようになり、週に2〜3日は俺んちから出勤するようになった。
俺が無理にCを呼び付けた訳ではなく、かと言ってCが押し掛けてきた訳でもなく、自然な流れでそのような感じになっていったんだ。
Cと一緒にベランダにて夜景を見ながら晩酌をする。
俺は、「あそこがKの部屋なんだよ!」と指差しながら、「天六とか京橋とか、もっと便利な場所もあるだろうに、なんでわざわざ○○(地名)みたいなマイナーな場所に住むんだろうな」と言った。
Cは、「タロ、それマジで言っているん? 自分の事になるとタロは鈍感だよねー。Kさんの気持ちなんて明らかじゃん!」と言った。
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Kの新たな部屋は、水光熱費込みで月2万7千円のワンルームだった。
大阪市内で、最寄り駅から徒歩5分であり、しかも梅田から自転車でも20分の距離にある事を考えると破格である。
敷金は不要だが、最低6ヶ月間の契約が義務付けられており、6ヶ月内に転居する場合は残存期間の賃料を支払う必要があるらしい。
ベッドとデスクを置くと部屋の大部分のスペースが埋まってしまう狭さであり、部屋の中は「格安ビジネスホテルのシングルルーム」を思わせた。
玄関に相当するスペースやキッチンに相当するスペースはなく、加えて、扉は防音機能を一切備えていない為、廊下を行きかう足音や近隣の部屋の扉を開閉する音が五月蠅い程に聞こえた。
狭い流し台・1口しかない電気コンロ・縦横高さが50cmの冷蔵庫(冷凍なし)が備え付けられていたが、これじゃあ自炊は困難だろう。
洗濯機は別フロアに共同用のものがあるらしい。
部屋には窓が1つ付いているのみであり、ベランダはない。
したがって、洗濯物は部屋干しとなるだろう。
それらを見て、俺は「まるで、どこかの会社の独身寮みたいだな」「若い時は良いけど、30代半ばを超えて住む部屋じゃないだろう」と内心思った。
だけど一方で、「今のKには、確かにこの部屋は相応しい」「この部屋を再スタート地点として、仕事や生活を立て直してほしい」とも思ったんだ。
10年間安定していた、俺とKの「2人の時間」が、俺の制御を離れて動き始めているのを感じていたが、こうなっては事態の推移に身を委ねるしかなかった・・・。

