今日20日から8日間、相方と台北&バリ旅行に行ってくる。
彼と付き合って9年となり、その間にイロイロな国内旅行は行ってきたが、一緒に海外に行くのは初めてなんだ。
なんで9年の間、海外に行こうと思わなかったのか?
おそらく、彼は接客業であり基本的に土日が仕事である為、一緒に長期休暇をとることが困難だったせいだろう。
台北・バリで過ごすのは実質7日間なんだけど、いつの間にか、全ての食事の店・内容は決まっていたりする。
(もちろん、食べることが生きがいの相方主導により)
おそらく・・・いや、きっと、俺達は一回りデカくなって帰国する事になるのだろう。(汗)
一方、俺はというと大の「虫嫌い」であり、この2〜3週間、散々周囲から「南国なんだから、そりゃ虫が出るで〜」と脅されてきたんだ。
「バリではどんな高級ヴィラでも、ヤモリが部屋の天井を走り回り奇妙な声で鳴く」とか、
「日本の10倍くらいの大きさのアリが、普通に室内をウジャウジャしている」とか・・・。
真偽は不明だけど、聞くだけで鳥肌が立ち、「なんで南国なんか選んでしまったんやろう?」と自問自答してきたよ。
っという訳で、日本国内で出来る事はやっておこうと思い、以下のモノをカバンに詰め込みこんだんだ。
(1)ム○コナーズ(ボトル) ×1
(2)ム○コナーズ(吊り下げ式シート) ×4
(3)防虫腕輪 ×4(両腕×2人)
(4)携帯型蚊取りマット ×1
(5)ダニ防止芳香剤(ボトル) ×1
(6)強い痒み止め(ム○EX) ×1
これでダメなら、何をやってもダメって事なんだろう。
しっかし、荷物が重いです。
上記防虫グッツに加え、敢えてユ○クロで買ってきた下着類は現地で捨ててくるつもりなんで、帰りは軽い筈だけど・・・。
とにかく、食べまくって・遊びまくってくるぞ!
・・・・帰ってきたら、仕事とメールが溜まりまくってるんやろうなぁ〜。
2009年06月20日
2009年06月05日
サボり男の6月日記
今年の仕事は、従来より一層、季節労働者的様相を呈している。
12月〜2月は鬱になるんじゃないか?と思うほどに忙しく・ストレスフルであったが、3月〜5月は普通に忙しいものの残業は大したことがなかった。
そして6月は、「こんなんでエエのか?」と思える程に、仕事がユルいんだ。
6月は第2週まで仕事が入っているのだが、これも大して重いものではなく、「現在できる所までやったら、あとは盆明けにフォローしましょ♪」的な感じである。
第2週後半から、地方在住の医学部生が就職活動で大阪に来る為、我が家に宿泊する。
就職活動の傍ら、あれこれ連れまわしたり、大阪在住の濃〜い友人を紹介したりして(彼の反応を)楽しむ予定だ。
6月第3週の仕事は丸ごと空いており、27日も残っている有給休暇を消化しようか?検討中。
去年、ちょっと難しい国家試験を受けたばかりなのに、また別の勉強をしようと思い始めていて・・・こういう時に集中してやらんと、いつまでたっても進まないもんなぁ。
次の6月20日〜27日は相方と(初の)海外旅行で、台湾経由でバリ島に行く。
その旅行を決めた後、某海外ゲイSNSにて「バリ島在住の日本語ができるインドネシア人」と、驚くほどタイミング良く知り合ったので、美味しい店など案内してもらう予定だ。
あとは、とにかくヴィラでボォーっとしながら、マッサージでもしてもらおうっと♪
相方は台北でもバリでも、食べまくるつもりのようだが・・・。
休暇明けの29日〜1日は神奈川まで研修を受けに行き、そのついでに、友人Kの彼氏さんGと、友人Mの彼氏さんSと、「3人」で飲む予定だ。
すなわち、俺の直接の友人であるKもMも東京・神奈川にはいない為、当初は直接面識がなかったG氏とS氏を誘い出したのだが、G氏とS氏は面識がないという、なんとも強引な設定だ。
まぁ、こういう、「その場のノリ」で飲み会を設定するのも、結構楽しそうと思わん?
で、7月第1週は、こんどは大阪で研修を受けまくる予定。
・・・・って、俺はどんなけ働いてないねん。
まぁ、仕事が忙しくなりはじめてから、「もっと遊んでおけばよかった」「もっと勉強しておけばよかった」と後悔しないように、今は自分に投資するとしよう。
ちなみに、この週末は、「ゲイの自転車コミュニティ」で知り合った人達と自転車ツーリングの予定だ。
走行予定距離は、今までに俺が走った事がない程の長距離なので、体力的にちょっと心配かな。
とはいえ三十路後半になって、こういう健康的な趣味を持て、共通の仲間を得られた事は、結構ラッキーだと思う。
12月〜2月は鬱になるんじゃないか?と思うほどに忙しく・ストレスフルであったが、3月〜5月は普通に忙しいものの残業は大したことがなかった。
そして6月は、「こんなんでエエのか?」と思える程に、仕事がユルいんだ。
6月は第2週まで仕事が入っているのだが、これも大して重いものではなく、「現在できる所までやったら、あとは盆明けにフォローしましょ♪」的な感じである。
第2週後半から、地方在住の医学部生が就職活動で大阪に来る為、我が家に宿泊する。
就職活動の傍ら、あれこれ連れまわしたり、大阪在住の濃〜い友人を紹介したりして(彼の反応を)楽しむ予定だ。
6月第3週の仕事は丸ごと空いており、27日も残っている有給休暇を消化しようか?検討中。
去年、ちょっと難しい国家試験を受けたばかりなのに、また別の勉強をしようと思い始めていて・・・こういう時に集中してやらんと、いつまでたっても進まないもんなぁ。
次の6月20日〜27日は相方と(初の)海外旅行で、台湾経由でバリ島に行く。
その旅行を決めた後、某海外ゲイSNSにて「バリ島在住の日本語ができるインドネシア人」と、驚くほどタイミング良く知り合ったので、美味しい店など案内してもらう予定だ。
あとは、とにかくヴィラでボォーっとしながら、マッサージでもしてもらおうっと♪
相方は台北でもバリでも、食べまくるつもりのようだが・・・。
休暇明けの29日〜1日は神奈川まで研修を受けに行き、そのついでに、友人Kの彼氏さんGと、友人Mの彼氏さんSと、「3人」で飲む予定だ。
すなわち、俺の直接の友人であるKもMも東京・神奈川にはいない為、当初は直接面識がなかったG氏とS氏を誘い出したのだが、G氏とS氏は面識がないという、なんとも強引な設定だ。
まぁ、こういう、「その場のノリ」で飲み会を設定するのも、結構楽しそうと思わん?
で、7月第1週は、こんどは大阪で研修を受けまくる予定。
・・・・って、俺はどんなけ働いてないねん。
まぁ、仕事が忙しくなりはじめてから、「もっと遊んでおけばよかった」「もっと勉強しておけばよかった」と後悔しないように、今は自分に投資するとしよう。
ちなみに、この週末は、「ゲイの自転車コミュニティ」で知り合った人達と自転車ツーリングの予定だ。
走行予定距離は、今までに俺が走った事がない程の長距離なので、体力的にちょっと心配かな。
とはいえ三十路後半になって、こういう健康的な趣味を持て、共通の仲間を得られた事は、結構ラッキーだと思う。
2009年06月01日
歳を重ねて〜
1年程前より、40代・50代の(ゲイ)グループに混ぜてもらっている。
不定期にホームパーティや飲み会が行われ、それに相方と2人で出席させてもらっているんだ。
その中には30代が3人しかおらず、相方が1番年下で、俺は3番目に年下になる。
昨夜は、そのグループのホームパーティに招かれ、相方とケーキ持参で行ってきた。
ホストである50歳の友人と、その彼氏さんが、10人程の来客に手作りの料理を振舞ってくれたんだ。
料理人でもないのに、あれほど凝った料理を沢山つくれるなんて・・・10年後の俺たちはその領域に達することができるのだろうか?
そのグループを構成する10数人の年上の男達。
いかにもセレブリティって人はいないが、いろんな職業に就いていて楽しい。
中には外国人も混じっており、みんな、ごく普通の事にように英語で冗談を言い合ったりしてる。
(そうなると、全然会話についていけない恥ずかしい俺)
彼らは、当然ながら俺より10年先の人生を歩んでいる。
そりゃ、外見は年齢相応で、ハゲもいれば、タルんだ肉体を引きずっている人もいる。
だけど、そこには「老け」というものは存在せず、みんなイキイキとしているんだ。
昔、「ゲイの50代なんて、子供もいないし、孤独な生活が待っているだけなのではないか?」と考えていたことがある。
だけど彼らを見ていると、全然、そんな事は感じない。
俺からみると、彼らには、ある共通点が感じられるんだ。
仕事を適度にがんばって、パートナーとの歴史を積み上げ、10年・20年と付き合ってきた友人と遊ぶ。
趣味を大切にし、芸術を堪能し、食と酒を楽しみ、旅行も楽しむ。
ゲイの嗜みとして、スポーツクラブにも通う。
「たった10歳ちょっと」しか変わらないのに、食べ物の知識、酒の知識、海外文化の知識において、俺はその人たちの足元にも及ばない。
国内のみならず、海外にも友人を作り、その友人を頼ってフラリと遊びにいき、また別の海外の友達が日本にくれば、自宅に滞在させてあれこれ案内する。
彼らと接していると、「俺はちょっと勉強ができるだけの世間知らず」なんだなぁと痛感させられるんだ。
昨夜も、彼らはワインボトルを次々と空けながら、「とうとう、生え際がこんな所まで後退しちゃってさぁ〜」とか、「最近、急に老眼が来てしまって、お茶碗のご飯が全部繋がって、大きな餅みたいに見えるのよ!」と自虐ネタで笑い合っていた。
かと思えば、「そういえばアンタ、15年前に一緒にパリに行った時、70歳の老フランス人にナンパされて散々メシを御馳走になった後、“フェラチオン・シルブブレ〜”なんて言われて食い逃げしたでしょう?」「先日、パリに行った時、気になってその男の部屋の前に行ってみたら、やっぱり表札の名前が変わっていたわ・・・」と、昔話で盛り上がる。
一方で、俺達が6月末に台湾〜バリ島に行くと話すと、「台湾のマッサージなら絶対ココ!なんなら、こっちで予約しておこうか?」「小龍包を食べたいなら、かならずこの店の午前中に行って、スープ小龍包を食べなさい!」「現地語で、“○○(←酔っていたので忘れた)を下さい”という表現の最後の発音を間違えると、“あなたに入れさせてください”となるので大惨事になるよ!(真偽不明)」などと、とめどもなくアドバイスを与えてくれた。
同世代の友人と遊ぶのは、もちろん楽しい。
一方で、10歳以上年上の人達と、こうして知己を得られる事も光栄であり、とても刺激的なんだ。
今の自分の立ち位置は、30代にしては「悪くない」と思う。
10年後・・・○○士としての10年後は、未だ明確にイメージする事ができず、ちょっと悩んでる。
だけど私人としての10年後は、彼らのように、人間としての懐の深さを身につけて、素敵なオジサンになりたいなぁ〜と思うんだ。
--------------------
昨夜、10人で10本以上のワインを空け、しかも次々とグラスに注がれる珍しいワインを堪能した俺は、珍しく自分の限界を超えてしまい、ホストの家にてイビキをかいて爆睡してしまったようだ。
相方にもたれかかりながら電車に乗り、なんとか梅田まで戻ってくると、周囲には何故か「ゲイと思しき人達」とばかりすれ違う。
俺は・・・酔った虚ろな頭で無意識のうちに、「こ〜れぇもゲイ、あれもゲイ、多分ゲイ、きいっとゲイ」(by 松坂慶子(愛の水中花))と声に出して歌っていた。
相方:「・・・・・。俺は別に構わんねんけどな。ここ、タロのオフィスの目の前だけど大丈夫??」
不定期にホームパーティや飲み会が行われ、それに相方と2人で出席させてもらっているんだ。
その中には30代が3人しかおらず、相方が1番年下で、俺は3番目に年下になる。
昨夜は、そのグループのホームパーティに招かれ、相方とケーキ持参で行ってきた。
ホストである50歳の友人と、その彼氏さんが、10人程の来客に手作りの料理を振舞ってくれたんだ。
料理人でもないのに、あれほど凝った料理を沢山つくれるなんて・・・10年後の俺たちはその領域に達することができるのだろうか?
そのグループを構成する10数人の年上の男達。
いかにもセレブリティって人はいないが、いろんな職業に就いていて楽しい。
中には外国人も混じっており、みんな、ごく普通の事にように英語で冗談を言い合ったりしてる。
(そうなると、全然会話についていけない恥ずかしい俺)
彼らは、当然ながら俺より10年先の人生を歩んでいる。
そりゃ、外見は年齢相応で、ハゲもいれば、タルんだ肉体を引きずっている人もいる。
だけど、そこには「老け」というものは存在せず、みんなイキイキとしているんだ。
昔、「ゲイの50代なんて、子供もいないし、孤独な生活が待っているだけなのではないか?」と考えていたことがある。
だけど彼らを見ていると、全然、そんな事は感じない。
俺からみると、彼らには、ある共通点が感じられるんだ。
仕事を適度にがんばって、パートナーとの歴史を積み上げ、10年・20年と付き合ってきた友人と遊ぶ。
趣味を大切にし、芸術を堪能し、食と酒を楽しみ、旅行も楽しむ。
ゲイの嗜みとして、スポーツクラブにも通う。
「たった10歳ちょっと」しか変わらないのに、食べ物の知識、酒の知識、海外文化の知識において、俺はその人たちの足元にも及ばない。
国内のみならず、海外にも友人を作り、その友人を頼ってフラリと遊びにいき、また別の海外の友達が日本にくれば、自宅に滞在させてあれこれ案内する。
彼らと接していると、「俺はちょっと勉強ができるだけの世間知らず」なんだなぁと痛感させられるんだ。
昨夜も、彼らはワインボトルを次々と空けながら、「とうとう、生え際がこんな所まで後退しちゃってさぁ〜」とか、「最近、急に老眼が来てしまって、お茶碗のご飯が全部繋がって、大きな餅みたいに見えるのよ!」と自虐ネタで笑い合っていた。
かと思えば、「そういえばアンタ、15年前に一緒にパリに行った時、70歳の老フランス人にナンパされて散々メシを御馳走になった後、“フェラチオン・シルブブレ〜”なんて言われて食い逃げしたでしょう?」「先日、パリに行った時、気になってその男の部屋の前に行ってみたら、やっぱり表札の名前が変わっていたわ・・・」と、昔話で盛り上がる。
一方で、俺達が6月末に台湾〜バリ島に行くと話すと、「台湾のマッサージなら絶対ココ!なんなら、こっちで予約しておこうか?」「小龍包を食べたいなら、かならずこの店の午前中に行って、スープ小龍包を食べなさい!」「現地語で、“○○(←酔っていたので忘れた)を下さい”という表現の最後の発音を間違えると、“あなたに入れさせてください”となるので大惨事になるよ!(真偽不明)」などと、とめどもなくアドバイスを与えてくれた。
同世代の友人と遊ぶのは、もちろん楽しい。
一方で、10歳以上年上の人達と、こうして知己を得られる事も光栄であり、とても刺激的なんだ。
今の自分の立ち位置は、30代にしては「悪くない」と思う。
10年後・・・○○士としての10年後は、未だ明確にイメージする事ができず、ちょっと悩んでる。
だけど私人としての10年後は、彼らのように、人間としての懐の深さを身につけて、素敵なオジサンになりたいなぁ〜と思うんだ。
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昨夜、10人で10本以上のワインを空け、しかも次々とグラスに注がれる珍しいワインを堪能した俺は、珍しく自分の限界を超えてしまい、ホストの家にてイビキをかいて爆睡してしまったようだ。
相方にもたれかかりながら電車に乗り、なんとか梅田まで戻ってくると、周囲には何故か「ゲイと思しき人達」とばかりすれ違う。
俺は・・・酔った虚ろな頭で無意識のうちに、「こ〜れぇもゲイ、あれもゲイ、多分ゲイ、きいっとゲイ」(by 松坂慶子(愛の水中花))と声に出して歌っていた。
相方:「・・・・・。俺は別に構わんねんけどな。ここ、タロのオフィスの目の前だけど大丈夫??」
2009年05月14日
偽・妻帯者の1年半
この街を見渡すことができる今の部屋に引っ越してきて、既に1年半が経つ。
もうちょっと〜だったらイイのに、と思うところもあるが、それでも今の部屋には満足してるよ。
特に、ベランダから見える、ビル群に沈んでいく夕陽を見ると、なんだかとても心安らぐんだ。
その当時の日記にも書いたが、マンションを購入した際、職場の周囲からアレコレ言われた揚句、
俺は、「購入と同時に、兼ねてから付き合いがあった女性と入籍だけを行った(=披露宴はしない)」と答えざるを得なくなった。
当初、「我ながら大胆なウソをついてしまったなぁ」と、ちょっと後悔した。
だけど今の事務所は、○○士・事務員を含めて、関西エリアに1000人近くいるし、個人情報保護のおかげで、「タロに法律上の配偶者がいるか否か?」なんて誰も知りようがない。
扶養手当を架空請求している訳じゃないしね。
それに、たとえ法律上の配偶者がいない事が明らかになったとしても、「内縁の妻」と言い切れば、それ以上、突っ込んでくる人もいないだろうと思っている。
すなわち、ノンケ世界における俺は、「マンション購入1年半」であると同時に、「入籍後1年半の妻帯者」となる訳だ。
-----------------------------------------------
「妻帯者」として同僚やクライアントと仕事をするようになり、驚いた事がある。
今までとは考えられないくらい、30代以上の仕事上接する男達と、打ちとけやすくなったんだ。
もちろん、今まででも普通にコミュニケーションを取っていたつもりなんだけどね。
すなわち、妻帯者扱いされるようになって始めて、世のノンケ男達の「当たり障りない会話」の代表が、「お互いの家庭ネタ」である事を知るに至った。
クライアント担当者:「タロ先生の所の奥さん、働いているんですよね?」
俺:「えぇ。コンサル系の仕事を頑張っていますよ!」
担当者:「うちの妻も、歯科衛生士をやっているんですけどね、僕より給料が多くて頭が上がらんのですわ」
俺:「気持ちわかりますよ。うちだって、ゴミ捨てやトイレ掃除は全部させられていますもん」
担当者:「お互い、共働きだと嫁さんに頭が上がらないですよね!」
・・・という感じである。
高校や大学時代に、女の話をすれば、手軽に男達との会話に溶け込むことができた事と、もしかしたら共通するのかもしれない。
-----------------------------------------------
だけど一方で、俺が妻帯者であるからこそ、独身者には言わないであろう、聞きたくもない陰口も耳にするようになってしまった。
上司A:「○○君(30代半ば・独身)って、全然浮ついた話がないけど、どこかオカシイんじゃないの?」
上司B:「××さん(30代後半・独身)は仕事の要領が悪いから、未だに結婚もできないのだろうな。」
・・・・・それって、セクハラ・パワハラやん。
上司AもBも、普段は良心的であったり有能であったりするのだが、ふとした事がキッカケで、そのような発言が、彼らと同じ「妻帯者」である俺の前では出てしまうようだ。
俺の勤務先は、一般の民間企業とは異なるし、しかも世界規模で展開している。
だけど中の構成員はというと、悪い意味で純日本企業的であり、それらを耳にする度に、「所詮、ノンケ世界はそんなもんなのか」とゲンナリする。
相方も最近、「仕事の時だけ、擬似結婚指輪を着けようかな?」と言い出した。
彼も、職場の同僚から、いろいろと言われるようだ。
完全に外資系だと、そういうセクハラ・パワハラに対する監視の目は一層厳しいという。
日本企業が、その水準に達する日はくるのだろか?
-----------------------------------------------
マイノリティとして生まれた以上、「自分を偽りなく表現して」とか「自分らしさを追求して」なんてのは、ある程度、諦めないとダメなんだろう。
だけど、自分の努力ではどうしようもないセクシャリティで、日陰者として生きるなんてナンセンスだよな。
まぁ差しあたって今は、この部屋での生活や、相方との2人の関係に満足しているのだから、周囲から妻帯者として扱われる事を楽しむとしよう。
その虚偽申告のツケが、いつか回ってくるのかもしれないけどね。
もうちょっと〜だったらイイのに、と思うところもあるが、それでも今の部屋には満足してるよ。
特に、ベランダから見える、ビル群に沈んでいく夕陽を見ると、なんだかとても心安らぐんだ。
その当時の日記にも書いたが、マンションを購入した際、職場の周囲からアレコレ言われた揚句、
俺は、「購入と同時に、兼ねてから付き合いがあった女性と入籍だけを行った(=披露宴はしない)」と答えざるを得なくなった。
当初、「我ながら大胆なウソをついてしまったなぁ」と、ちょっと後悔した。
だけど今の事務所は、○○士・事務員を含めて、関西エリアに1000人近くいるし、個人情報保護のおかげで、「タロに法律上の配偶者がいるか否か?」なんて誰も知りようがない。
扶養手当を架空請求している訳じゃないしね。
それに、たとえ法律上の配偶者がいない事が明らかになったとしても、「内縁の妻」と言い切れば、それ以上、突っ込んでくる人もいないだろうと思っている。
すなわち、ノンケ世界における俺は、「マンション購入1年半」であると同時に、「入籍後1年半の妻帯者」となる訳だ。
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「妻帯者」として同僚やクライアントと仕事をするようになり、驚いた事がある。
今までとは考えられないくらい、30代以上の仕事上接する男達と、打ちとけやすくなったんだ。
もちろん、今まででも普通にコミュニケーションを取っていたつもりなんだけどね。
すなわち、妻帯者扱いされるようになって始めて、世のノンケ男達の「当たり障りない会話」の代表が、「お互いの家庭ネタ」である事を知るに至った。
クライアント担当者:「タロ先生の所の奥さん、働いているんですよね?」
俺:「えぇ。コンサル系の仕事を頑張っていますよ!」
担当者:「うちの妻も、歯科衛生士をやっているんですけどね、僕より給料が多くて頭が上がらんのですわ」
俺:「気持ちわかりますよ。うちだって、ゴミ捨てやトイレ掃除は全部させられていますもん」
担当者:「お互い、共働きだと嫁さんに頭が上がらないですよね!」
・・・という感じである。
高校や大学時代に、女の話をすれば、手軽に男達との会話に溶け込むことができた事と、もしかしたら共通するのかもしれない。
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だけど一方で、俺が妻帯者であるからこそ、独身者には言わないであろう、聞きたくもない陰口も耳にするようになってしまった。
上司A:「○○君(30代半ば・独身)って、全然浮ついた話がないけど、どこかオカシイんじゃないの?」
上司B:「××さん(30代後半・独身)は仕事の要領が悪いから、未だに結婚もできないのだろうな。」
・・・・・それって、セクハラ・パワハラやん。
上司AもBも、普段は良心的であったり有能であったりするのだが、ふとした事がキッカケで、そのような発言が、彼らと同じ「妻帯者」である俺の前では出てしまうようだ。
俺の勤務先は、一般の民間企業とは異なるし、しかも世界規模で展開している。
だけど中の構成員はというと、悪い意味で純日本企業的であり、それらを耳にする度に、「所詮、ノンケ世界はそんなもんなのか」とゲンナリする。
相方も最近、「仕事の時だけ、擬似結婚指輪を着けようかな?」と言い出した。
彼も、職場の同僚から、いろいろと言われるようだ。
完全に外資系だと、そういうセクハラ・パワハラに対する監視の目は一層厳しいという。
日本企業が、その水準に達する日はくるのだろか?
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マイノリティとして生まれた以上、「自分を偽りなく表現して」とか「自分らしさを追求して」なんてのは、ある程度、諦めないとダメなんだろう。
だけど、自分の努力ではどうしようもないセクシャリティで、日陰者として生きるなんてナンセンスだよな。
まぁ差しあたって今は、この部屋での生活や、相方との2人の関係に満足しているのだから、周囲から妻帯者として扱われる事を楽しむとしよう。
その虚偽申告のツケが、いつか回ってくるのかもしれないけどね。
2009年04月12日
鼻づまりなんて嫌いだ!(3)
鼻の手術、「鼻中隔矯正術」&「粘膜下下甲介切開術」を受けて、1ヶ月+1週間が経過した。
そこで、備忘録として前回の日記の続きを書いておこう。
【手術1週間後】
鼻の通りは、体感で「術前の50%」だった。
ある日、1週間ぶりに耳鼻科に行き、術後の状態を診てもらった。
医師:「(俺の鼻を覗きながら)順調に回復しているよ。ちょっと、カサブタの一部を取ってみようか。」
鼻の中で、バリっとカサブタを剥がす音がしたような気がしたが、手術時&後の痛みを考えると、大したことはなかった。
医師:「また出血するから、しばらくガーゼを詰めるね。ちょっと痛いけど我慢して。」
医師:「このまましばらく、奥で横になっていて。」
言われたとおり、カーテンで仕切られたベッドで横になり、他の患者が診察を受ける様子を聞いていた。
5人程の診察が終わり、医師は「そろそろ血が止まった頃なんで、タロさん、こっちに来て」と呼んだ。
医師:「じゃあ、ガーゼを取るから。」
またしても、スルリとした感覚で、ガーゼは簡単に抜けた。
医師:「どう?? 鼻が通ったでしょう?」
俺:「・・・・・。ほんとだ。すんごく、鼻が通っていますよ!」
驚いた。
診察前は「手術前の50%」だったの通りが、今では「手術前の鼻が詰まっていない状態の130%」なんだ。
鼻があまりにもスースーするので、鼻の穴の直径が500円玉くらいに拡がった気がする。
すごいっ!これが、手術の成果なんだ。
医師:「まだちょっと出血しているし、カサブタもかなり残っているんで、しばらく安静が必要です。次は、また1週間後に来てください」
-------------------------------------------------------
【1週間〜2週間】
1週間時点の通院後、驚く程、鼻が通ったのだが、その翌朝には若干、鼻の通りが悪くなってきた。(手術前の80%状態)
鼻に指を入れると、まだゴロゴロとカサブタがあるんだから、完全な状態に至らないのは仕方がないのかもしれないな。
しばらくは、指が届く範囲のカサブタを少しずつ剥がす日々が続いた。
ほんとは、そういう事はすべきじゃないのだろうが、固いハナクソが大量に詰まっているような感覚が気になるし、やりだしたら止まらなくなるんだ。
ある日。
ますます鼻の通りが悪くなり、鼻息が「鼻づまりではない何か」に引っかかるような気がする。
鼻をほじり過ぎて、傷でもついたのだろか?と心配になった。
・・・っと、急に右鼻が完全に詰まった。
これは、即座に病院に行って診せるべきだろうか?
とにかく、気持ち悪いので、(これもほんとはすべきじゃないのだが)思いっきり鼻をかんでみた。
鼻の奥で、何かが動いたような気がした。
気になるので、何度か、思いっきり鼻をかんでみる。
・・・ズルリという感じで、鼻の中から「何か」が出てきた。
それは、「4cmくらいの細長くて黒いカサブタに、緑色のベットリとした粘液が絡まったナメクジのようなモノ」であった。
この粘液・・・通常の鼻水の粘度の比じゃない。
黄色い接着剤があるやん?あれが、固まる直前みたいな感触なんだ。
色もベットリ感も、明らかに異常だね。
コレが、今まで俺の鼻を詰まらせていたんだ。
俺は、指先に乗っている「それ」を、宝物を見るようにまじまじと見つめ、顔をしかめながらも少し伸ばしたり突いたりして遊んだ後、テッシュに包んでゴミ箱に捨てた。
その後、また鼻の通りが「130%状態」に回復した。
これで、いよいよ回復かな?
・・・と思ったら、またしばらく経ち、「80%状態」に戻ってしまった。
-------------------------------------------------------
手術の2週間後に相当する3月末の3連休。
予定では、mixiのサイクリング・コミュニティで知り合った人達と泊まりがけでツーリングに行く予定だったんだ。
だけど医師からは「2ヶ月は安静」と言われているし、実際、まだ鼻の状態が不安定なのは分かる。
顔色が青白くて、ややダルい。
周囲にタバコの煙があると、むせ返ってしまう。
試しにロードバイクに乗ってみると、鼻の通りが良すぎて、風が鼻の奥に差し込んでキンキンと痛む。
これじゃあ、泊まりがけのツーリングなんて無理だよなぁ。
その後も1週間に一度程度診察に行きカサブタを取ってもらい、また自宅でも4〜5度、巨大カサブタ&粘液を取り出す(これをマジマジと見るのが快感だったり)、という状況で1ヶ月が経過していった。
その期間、医師からは抗アレルギー剤と抗生剤を飲み続けるように指示されていた。
-------------------------------------------------------
【1ヶ月後】
この日の診察から、2週間ごとの診察に変更された。
投薬も、「鼻水・鼻づまりが出たら頓用に飲む」という方法に変更された。
カサブタも耳鼻科・自宅でおおかた取り終えている筈だが、まだ鼻の奥には残っているらしい。
鼻の通りは、「手術前の150%」といったところだろーか?
巨大カサブタ&粘液が出てくる直前以外は、全く詰まることがないんだ。
ネットで「手術は痛かったが、その後回復すると、“何故、もっと早期に手術を受けなかったのか?”と思った」というコメントを読んだことがある。
今の俺の心境は、まさしくそれだ。
ほんと、こんなに呆気なく、20年間も悩んだ鼻づまりから解放されるなら、もっと早く受けておいたら良かったよ。
しかも、相方によると最近はほとんどイビキをかかなくなったという。
この手術のおかげで、睡眠時低呼吸症が改善されたならば、一石二鳥やね。
街を歩いたり、職場に行くと、鼻をくずくず鳴らしながらマスクをしている人が幾人もいる。
その辛さがよく分かるからこそ、「あなたも手術を受けてみたら?」と勧めたい気持ちになる。
(当然ながら、目のアレルギーには効かないけどね)
「タロ先生の手術が成功したら、僕も手術を考えてみますよ!」と言っていた、鼻づまりに悩むクライアント担当者が、俺と同じ手術を受けることができる病院の予約をしたという。
-------------------------------------------------------
【その後】
このペースでいけば、2ヶ月経過時点あたりで完治するのではないか?と思う。
いままで、ほんとに鼻づまりには辛い思いをしてきたが、いざ解放されてしまうと、「今の状態が普通」に感じてしまい、その快感や嬉しさは忘れて去ってしまうようだ。
おそらくそれは、鼻づまりに限らず、健康全体に言えることなんだろう。
特に大きな持病もなく、好きなモノを食べる事ができ、好きな時に身体を動かすことができる今の状況は、それが喪われた時にこそ本当の価値が分かるのかもしれない。
ならば・・・人間はいずれ歳をとって、身体のあちらこちらが悪くなっていくのだろうから、今この瞬間を大切にしないといけないんだろうなぁ。
・・・などと、鼻づまり手術ごときで、あれこれ考えてしまう俺は、ちょっと変なのかもしれない。
そこで、備忘録として前回の日記の続きを書いておこう。
【手術1週間後】
鼻の通りは、体感で「術前の50%」だった。
ある日、1週間ぶりに耳鼻科に行き、術後の状態を診てもらった。
医師:「(俺の鼻を覗きながら)順調に回復しているよ。ちょっと、カサブタの一部を取ってみようか。」
鼻の中で、バリっとカサブタを剥がす音がしたような気がしたが、手術時&後の痛みを考えると、大したことはなかった。
医師:「また出血するから、しばらくガーゼを詰めるね。ちょっと痛いけど我慢して。」
医師:「このまましばらく、奥で横になっていて。」
言われたとおり、カーテンで仕切られたベッドで横になり、他の患者が診察を受ける様子を聞いていた。
5人程の診察が終わり、医師は「そろそろ血が止まった頃なんで、タロさん、こっちに来て」と呼んだ。
医師:「じゃあ、ガーゼを取るから。」
またしても、スルリとした感覚で、ガーゼは簡単に抜けた。
医師:「どう?? 鼻が通ったでしょう?」
俺:「・・・・・。ほんとだ。すんごく、鼻が通っていますよ!」
驚いた。
診察前は「手術前の50%」だったの通りが、今では「手術前の鼻が詰まっていない状態の130%」なんだ。
鼻があまりにもスースーするので、鼻の穴の直径が500円玉くらいに拡がった気がする。
すごいっ!これが、手術の成果なんだ。
医師:「まだちょっと出血しているし、カサブタもかなり残っているんで、しばらく安静が必要です。次は、また1週間後に来てください」
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【1週間〜2週間】
1週間時点の通院後、驚く程、鼻が通ったのだが、その翌朝には若干、鼻の通りが悪くなってきた。(手術前の80%状態)
鼻に指を入れると、まだゴロゴロとカサブタがあるんだから、完全な状態に至らないのは仕方がないのかもしれないな。
しばらくは、指が届く範囲のカサブタを少しずつ剥がす日々が続いた。
ほんとは、そういう事はすべきじゃないのだろうが、固いハナクソが大量に詰まっているような感覚が気になるし、やりだしたら止まらなくなるんだ。
ある日。
ますます鼻の通りが悪くなり、鼻息が「鼻づまりではない何か」に引っかかるような気がする。
鼻をほじり過ぎて、傷でもついたのだろか?と心配になった。
・・・っと、急に右鼻が完全に詰まった。
これは、即座に病院に行って診せるべきだろうか?
とにかく、気持ち悪いので、(これもほんとはすべきじゃないのだが)思いっきり鼻をかんでみた。
鼻の奥で、何かが動いたような気がした。
気になるので、何度か、思いっきり鼻をかんでみる。
・・・ズルリという感じで、鼻の中から「何か」が出てきた。
それは、「4cmくらいの細長くて黒いカサブタに、緑色のベットリとした粘液が絡まったナメクジのようなモノ」であった。
この粘液・・・通常の鼻水の粘度の比じゃない。
黄色い接着剤があるやん?あれが、固まる直前みたいな感触なんだ。
色もベットリ感も、明らかに異常だね。
コレが、今まで俺の鼻を詰まらせていたんだ。
俺は、指先に乗っている「それ」を、宝物を見るようにまじまじと見つめ、顔をしかめながらも少し伸ばしたり突いたりして遊んだ後、テッシュに包んでゴミ箱に捨てた。
その後、また鼻の通りが「130%状態」に回復した。
これで、いよいよ回復かな?
・・・と思ったら、またしばらく経ち、「80%状態」に戻ってしまった。
-------------------------------------------------------
手術の2週間後に相当する3月末の3連休。
予定では、mixiのサイクリング・コミュニティで知り合った人達と泊まりがけでツーリングに行く予定だったんだ。
だけど医師からは「2ヶ月は安静」と言われているし、実際、まだ鼻の状態が不安定なのは分かる。
顔色が青白くて、ややダルい。
周囲にタバコの煙があると、むせ返ってしまう。
試しにロードバイクに乗ってみると、鼻の通りが良すぎて、風が鼻の奥に差し込んでキンキンと痛む。
これじゃあ、泊まりがけのツーリングなんて無理だよなぁ。
その後も1週間に一度程度診察に行きカサブタを取ってもらい、また自宅でも4〜5度、巨大カサブタ&粘液を取り出す(これをマジマジと見るのが快感だったり)、という状況で1ヶ月が経過していった。
その期間、医師からは抗アレルギー剤と抗生剤を飲み続けるように指示されていた。
-------------------------------------------------------
【1ヶ月後】
この日の診察から、2週間ごとの診察に変更された。
投薬も、「鼻水・鼻づまりが出たら頓用に飲む」という方法に変更された。
カサブタも耳鼻科・自宅でおおかた取り終えている筈だが、まだ鼻の奥には残っているらしい。
鼻の通りは、「手術前の150%」といったところだろーか?
巨大カサブタ&粘液が出てくる直前以外は、全く詰まることがないんだ。
ネットで「手術は痛かったが、その後回復すると、“何故、もっと早期に手術を受けなかったのか?”と思った」というコメントを読んだことがある。
今の俺の心境は、まさしくそれだ。
ほんと、こんなに呆気なく、20年間も悩んだ鼻づまりから解放されるなら、もっと早く受けておいたら良かったよ。
しかも、相方によると最近はほとんどイビキをかかなくなったという。
この手術のおかげで、睡眠時低呼吸症が改善されたならば、一石二鳥やね。
街を歩いたり、職場に行くと、鼻をくずくず鳴らしながらマスクをしている人が幾人もいる。
その辛さがよく分かるからこそ、「あなたも手術を受けてみたら?」と勧めたい気持ちになる。
(当然ながら、目のアレルギーには効かないけどね)
「タロ先生の手術が成功したら、僕も手術を考えてみますよ!」と言っていた、鼻づまりに悩むクライアント担当者が、俺と同じ手術を受けることができる病院の予約をしたという。
-------------------------------------------------------
【その後】
このペースでいけば、2ヶ月経過時点あたりで完治するのではないか?と思う。
いままで、ほんとに鼻づまりには辛い思いをしてきたが、いざ解放されてしまうと、「今の状態が普通」に感じてしまい、その快感や嬉しさは忘れて去ってしまうようだ。
おそらくそれは、鼻づまりに限らず、健康全体に言えることなんだろう。
特に大きな持病もなく、好きなモノを食べる事ができ、好きな時に身体を動かすことができる今の状況は、それが喪われた時にこそ本当の価値が分かるのかもしれない。
ならば・・・人間はいずれ歳をとって、身体のあちらこちらが悪くなっていくのだろうから、今この瞬間を大切にしないといけないんだろうなぁ。
・・・などと、鼻づまり手術ごときで、あれこれ考えてしまう俺は、ちょっと変なのかもしれない。
2009年03月10日
鼻づまりなんて嫌いだ!(2)
【手術前夜】
前夜から禁酒・絶食である。
よく考えたら、麻酔を使うような手術って、抜歯以外は生まれて初めてなんだね。
あとは、2年ほど前に受けた、心臓カテーテル検査くらいか?
あれも、腕の動脈からカテーテルを挿入する際に麻酔を使ったけど、めちゃくちゃ痛かったなぁ。
もしかして俺、昔、ラッ○ュ(当時は合法だったんよ)を使った影響で、麻酔が効きにくい身体になってる? アルコール依存症の人とか、麻薬中毒者には麻酔が効かないって聞いたことがあるし。
(↑明らかに考えすぎやな)
そんな事を考え始めると、急に鼻の通りが良くなってきて、「ほんとに手術を受ける必要があるのか?」なんて思い始めたり・・・。
ううっ、こんな手術、安易に受けなければ良かったなぁ。
-------------------------------------------------
【手術当日】
局所麻酔と、点滴(これも麻酔と言っていたが、鎮痛剤では?)を受けてからの手術であった。
鼻と口だけが出るシートを顔に覆い被されての手術の為、医師がどういう事をしているか分らない。
シートを被せるのは、あくまで手術を行う側の便宜なのだろうけど、こちらもメスやドリルが見えると怖いから、シートがあったほうがイイのかもね。
麻酔が効くのは切開に対してのみか? 骨を削る時はめちゃくちゃ痛くて、さらに骨がピキピキと軋む音や、ガリガリ削る音が頭の中に響き渡った。
俺:「とっても痛いです〜。」
医師:「大丈夫。もう、半分過ぎているから。」
俺:「信じられないくらい痛いです〜。」
医師:「大丈夫。もうちょっとで終わるから。」
・・・やっぱり、ラッ○ュのせいで(以下、省略)
だけど、医師はこんな事も言うんだ。
医師:「鼻の下を伸ばしたらダメ。鼻道が狭くなる。」
医師:「顔をしかめちゃダメ。鼻道が狭くなる。」
俺は、「この状況下で、にこやかに微笑めとでも言うのか!」と内心、医師にツッコンだ。
1時間ほどで手術は終わった。
顔のシートを取ると、汗と涙でぐちゃぐちゃだ。
自分の顔は見えないが、きっとヒドい顔をしているのだろう。
その後、1時間ほど点滴を打ちながら安静にした後、相方に車で迎えにきてもらい帰宅。
ほんまに痛かったけど、時間的には「喉元過ぎれば」って感じかもね。
手術後、削り取った骨を見せてもらったのだが、小魚の頭の骨みたいなのが5〜6個もあり、「鼻の中からこんなに骨を取ってしまって大丈夫なのか?」と少し不安になった。
当日、50cc〜100cc程度の出血があったみたいだけど、献血(400cc)を考えると、全然問題なさそうやね。
-------------------------------------------------
【手術後】
鼻の奥の方まで、何か(止血用の海綿状のモノらしい)を詰められての帰宅だ。
鼻に詰められているのに、鼻の穴からは真っ赤な血がポタポタ落ちてきて不気味やね。
貧血体質じゃなくて良かったわー。
鼻は海綿のせいで完全に閉鎖されており、2日後に病院に行くまで、このままの状態なんだ。
すなわち48時間もの間、喉に届きそうなくらい奥深くまで海面を詰められたまま過ごさなければならないんだけど・・・これが、手術以上に地獄だった。
医師いわく、「鼻づまりによる、疑似的な風邪引き状態になる」との事。
だけど実際は、息苦しいし、寝れないし、寝付いても苦しくて目が覚めるし、何を食べても味はしないし・・・。
さらに飲み物を飲もうとすると、空気が鼻からも耳からも抜けず、むせかえるんだよね。
唾を飲み込む事すら辛いんだから、重症である。
その日の深夜。あまりにも息苦しくて、喉に餅が詰まったような感覚に捉われ、病院に駆け込みたい衝動に駆られた。
「医師は、鎮痛剤と抗生剤以外に、精神安定剤でも出すべきではないのか??」と考えた。
-------------------------------------------------
【1日後】
喉まで届きそうな詰め物には、多少慣れてきた。
とはいっても、全く熟睡できないけどね。
相変わらず、血と鼻水が混じったものが出てくるので、綿球(綿を丸くしたもの)を鼻入り口に詰めているんだけど、その綿球からも1時間もすれば、ポタポタと赤い液体が滴ってくる。
女性とは違い、男は自分の血を見慣れていないもんだから、この赤い色を見ただけでも気分が悪くなってくる。
仕事を休んでヒマだったので、マスクをして散歩に♪
・・・気分が悪くなって、青い顔をして帰宅。
やっぱり、仕事を休んでおいてよかった。
マスクを取って鏡を見ると、鼻全体が1.3倍くらいに膨らんでいた。
変な形だ。(本人には失礼だけど)笑福亭笑瓶の鼻にそっくりだ。
これだけで、顔の印象って全然違うんやねー。
相方は俺の顔を見て、「タロがぶっさいくになった!」と笑う。
俺は、「今は詰め物をしているせいで、膨らんでいるだけだよ」と言い返すが、内心、「このまま、鼻の形が固定化されたらどうしよう?」と不安に思った。
-------------------------------------------------
【2日後】
通院して、詰め物を取ってもらう日だ。
数年前までは、鼻に詰めると言えば大量のガーゼであったらしく、この「ガーゼ抜き」が非常に痛い・・・とネットで読んだ俺は、ここでも結構ビビっていたんだ。
鼻に詰め物が入っているのに慣れてきたのもあり、「もうしばらく詰めたままにしておきたい」という気持ちもあった。
だけど、これも医学の進歩の賜物だろーか?
俺の鼻に詰まっているのはガーゼではなく特殊な海綿らしく、痛みもなく、するりと片鼻3秒くらいで取ることができたんだ。
これで、かなりスッキリした気がする。
だけど、詰め物を取った事により、さらに鮮血がポタポタと落ちてきた。
さらに、疑似風邪状態が長引いていて、「なんとなくダルい。微熱がある。」という状態から回復しない。
こりゃ、仕事どころじゃないし、外出もままならんわ。
また、鼻は80%ほど詰まっており、相変わらず口呼吸であり、熟睡はできない。
【3〜4日後】
鼻から落ちてくるものは、鮮血から「血の混じった鼻水」に変わってきた。
また、鼻の中で大きな血のカサブタが形成されているのが自覚できる。
体調は良くなったものの、相変わらず「疑似風邪状態」。
・・・当初予想していたより、体調の回復が遅れている。
このタイミングで、ちょうど土日でラッキーだったわ。
【5〜6日後、すなわち本日】
鼻水はほとんど止まり、たまに、だら〜っと垂れてくる程度だ。
鼻水が粘着質になってきているので、洪水状態が収まりつつあるって事なんだろう。
だけど鼻水には、相変わらず、うっすらと血が混じっている。
色合い的には、タイ料理に出てくる、スウィートチリソース(生春巻につけるやつね)だ。
今、仕事デスクの上には、血がついた鼻かみ後のティッシュが散乱していて、他の人が見たらきっと不気味に思う事だろう。
この血・・・現在の出血なのか、それとも数日前の出血が洗い流されてきているのか、俺には分からない。
体調は回復したけど、まだ、本調子とは言い難い状況だ。
鼻の中の血のカサブタが一部、「赤い鼻くそ」としてボロボロ落ちてくる。
個人的には快感だけど、これも他人から見たら不気味やね。
このカサブタが完全に取れた時、とりあえず治癒ってことなんだろう。
だけど指でほじくり出してしまうと、傷口が開くそうだ。
鼻の通りは、50%くらいかな?
手術後6日経って、ようやく、普通に鼻呼吸ができるようになってきた。
-------------------------------------------------
【その後について】
・・・と順調に回復しているのだけど、医師からもらったメモによると、「術後2週間後に“散歩程度”の運動は可」との事だ。
散歩程度って・・・ほとんど運動不可って事やん! (-_-;)
すなわち、現時点でも安静にしていないといけないのは確かなようだ。
いつになったら、ジムで筋トレする事ができるのだろう?
因みに、激しい運動しても良いのは2〜3ヶ月後で、その場合でも「医師に相談」との事。
3月末に泊りがけでサイクルツーリングに出掛ける予定だったんだけど、さすがに危険という事で今回は自粛する事になった。
ほんま、当初予想していた以上に、身体への負担がデカい手術だった。
っていうか、手術を受ける前に安易に考えすぎたのだろーか?
まぁ、だからこそ勢いでやっちまったほうが良かったとも言えるか。
それに、一生に1回と思えば、我慢もできるよね。
・・・ほんまに、これで鼻づまりから解消されるんだよね??
とりあえず、完全に治った時に鼻づまりのない生活が待っている事を期待しつつ・・・まだ抜けぬ疑似風邪状態で貯まった仕事を消化する日々が続きそうだ。
前夜から禁酒・絶食である。
よく考えたら、麻酔を使うような手術って、抜歯以外は生まれて初めてなんだね。
あとは、2年ほど前に受けた、心臓カテーテル検査くらいか?
あれも、腕の動脈からカテーテルを挿入する際に麻酔を使ったけど、めちゃくちゃ痛かったなぁ。
もしかして俺、昔、ラッ○ュ(当時は合法だったんよ)を使った影響で、麻酔が効きにくい身体になってる? アルコール依存症の人とか、麻薬中毒者には麻酔が効かないって聞いたことがあるし。
(↑明らかに考えすぎやな)
そんな事を考え始めると、急に鼻の通りが良くなってきて、「ほんとに手術を受ける必要があるのか?」なんて思い始めたり・・・。
ううっ、こんな手術、安易に受けなければ良かったなぁ。
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【手術当日】
局所麻酔と、点滴(これも麻酔と言っていたが、鎮痛剤では?)を受けてからの手術であった。
鼻と口だけが出るシートを顔に覆い被されての手術の為、医師がどういう事をしているか分らない。
シートを被せるのは、あくまで手術を行う側の便宜なのだろうけど、こちらもメスやドリルが見えると怖いから、シートがあったほうがイイのかもね。
麻酔が効くのは切開に対してのみか? 骨を削る時はめちゃくちゃ痛くて、さらに骨がピキピキと軋む音や、ガリガリ削る音が頭の中に響き渡った。
俺:「とっても痛いです〜。」
医師:「大丈夫。もう、半分過ぎているから。」
俺:「信じられないくらい痛いです〜。」
医師:「大丈夫。もうちょっとで終わるから。」
・・・やっぱり、ラッ○ュのせいで(以下、省略)
だけど、医師はこんな事も言うんだ。
医師:「鼻の下を伸ばしたらダメ。鼻道が狭くなる。」
医師:「顔をしかめちゃダメ。鼻道が狭くなる。」
俺は、「この状況下で、にこやかに微笑めとでも言うのか!」と内心、医師にツッコンだ。
1時間ほどで手術は終わった。
顔のシートを取ると、汗と涙でぐちゃぐちゃだ。
自分の顔は見えないが、きっとヒドい顔をしているのだろう。
その後、1時間ほど点滴を打ちながら安静にした後、相方に車で迎えにきてもらい帰宅。
ほんまに痛かったけど、時間的には「喉元過ぎれば」って感じかもね。
手術後、削り取った骨を見せてもらったのだが、小魚の頭の骨みたいなのが5〜6個もあり、「鼻の中からこんなに骨を取ってしまって大丈夫なのか?」と少し不安になった。
当日、50cc〜100cc程度の出血があったみたいだけど、献血(400cc)を考えると、全然問題なさそうやね。
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【手術後】
鼻の奥の方まで、何か(止血用の海綿状のモノらしい)を詰められての帰宅だ。
鼻に詰められているのに、鼻の穴からは真っ赤な血がポタポタ落ちてきて不気味やね。
貧血体質じゃなくて良かったわー。
鼻は海綿のせいで完全に閉鎖されており、2日後に病院に行くまで、このままの状態なんだ。
すなわち48時間もの間、喉に届きそうなくらい奥深くまで海面を詰められたまま過ごさなければならないんだけど・・・これが、手術以上に地獄だった。
医師いわく、「鼻づまりによる、疑似的な風邪引き状態になる」との事。
だけど実際は、息苦しいし、寝れないし、寝付いても苦しくて目が覚めるし、何を食べても味はしないし・・・。
さらに飲み物を飲もうとすると、空気が鼻からも耳からも抜けず、むせかえるんだよね。
唾を飲み込む事すら辛いんだから、重症である。
その日の深夜。あまりにも息苦しくて、喉に餅が詰まったような感覚に捉われ、病院に駆け込みたい衝動に駆られた。
「医師は、鎮痛剤と抗生剤以外に、精神安定剤でも出すべきではないのか??」と考えた。
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【1日後】
喉まで届きそうな詰め物には、多少慣れてきた。
とはいっても、全く熟睡できないけどね。
相変わらず、血と鼻水が混じったものが出てくるので、綿球(綿を丸くしたもの)を鼻入り口に詰めているんだけど、その綿球からも1時間もすれば、ポタポタと赤い液体が滴ってくる。
女性とは違い、男は自分の血を見慣れていないもんだから、この赤い色を見ただけでも気分が悪くなってくる。
仕事を休んでヒマだったので、マスクをして散歩に♪
・・・気分が悪くなって、青い顔をして帰宅。
やっぱり、仕事を休んでおいてよかった。
マスクを取って鏡を見ると、鼻全体が1.3倍くらいに膨らんでいた。
変な形だ。(本人には失礼だけど)笑福亭笑瓶の鼻にそっくりだ。
これだけで、顔の印象って全然違うんやねー。
相方は俺の顔を見て、「タロがぶっさいくになった!」と笑う。
俺は、「今は詰め物をしているせいで、膨らんでいるだけだよ」と言い返すが、内心、「このまま、鼻の形が固定化されたらどうしよう?」と不安に思った。
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【2日後】
通院して、詰め物を取ってもらう日だ。
数年前までは、鼻に詰めると言えば大量のガーゼであったらしく、この「ガーゼ抜き」が非常に痛い・・・とネットで読んだ俺は、ここでも結構ビビっていたんだ。
鼻に詰め物が入っているのに慣れてきたのもあり、「もうしばらく詰めたままにしておきたい」という気持ちもあった。
だけど、これも医学の進歩の賜物だろーか?
俺の鼻に詰まっているのはガーゼではなく特殊な海綿らしく、痛みもなく、するりと片鼻3秒くらいで取ることができたんだ。
これで、かなりスッキリした気がする。
だけど、詰め物を取った事により、さらに鮮血がポタポタと落ちてきた。
さらに、疑似風邪状態が長引いていて、「なんとなくダルい。微熱がある。」という状態から回復しない。
こりゃ、仕事どころじゃないし、外出もままならんわ。
また、鼻は80%ほど詰まっており、相変わらず口呼吸であり、熟睡はできない。
【3〜4日後】
鼻から落ちてくるものは、鮮血から「血の混じった鼻水」に変わってきた。
また、鼻の中で大きな血のカサブタが形成されているのが自覚できる。
体調は良くなったものの、相変わらず「疑似風邪状態」。
・・・当初予想していたより、体調の回復が遅れている。
このタイミングで、ちょうど土日でラッキーだったわ。
【5〜6日後、すなわち本日】
鼻水はほとんど止まり、たまに、だら〜っと垂れてくる程度だ。
鼻水が粘着質になってきているので、洪水状態が収まりつつあるって事なんだろう。
だけど鼻水には、相変わらず、うっすらと血が混じっている。
色合い的には、タイ料理に出てくる、スウィートチリソース(生春巻につけるやつね)だ。
今、仕事デスクの上には、血がついた鼻かみ後のティッシュが散乱していて、他の人が見たらきっと不気味に思う事だろう。
この血・・・現在の出血なのか、それとも数日前の出血が洗い流されてきているのか、俺には分からない。
体調は回復したけど、まだ、本調子とは言い難い状況だ。
鼻の中の血のカサブタが一部、「赤い鼻くそ」としてボロボロ落ちてくる。
個人的には快感だけど、これも他人から見たら不気味やね。
このカサブタが完全に取れた時、とりあえず治癒ってことなんだろう。
だけど指でほじくり出してしまうと、傷口が開くそうだ。
鼻の通りは、50%くらいかな?
手術後6日経って、ようやく、普通に鼻呼吸ができるようになってきた。
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【その後について】
・・・と順調に回復しているのだけど、医師からもらったメモによると、「術後2週間後に“散歩程度”の運動は可」との事だ。
散歩程度って・・・ほとんど運動不可って事やん! (-_-;)
すなわち、現時点でも安静にしていないといけないのは確かなようだ。
いつになったら、ジムで筋トレする事ができるのだろう?
因みに、激しい運動しても良いのは2〜3ヶ月後で、その場合でも「医師に相談」との事。
3月末に泊りがけでサイクルツーリングに出掛ける予定だったんだけど、さすがに危険という事で今回は自粛する事になった。
ほんま、当初予想していた以上に、身体への負担がデカい手術だった。
っていうか、手術を受ける前に安易に考えすぎたのだろーか?
まぁ、だからこそ勢いでやっちまったほうが良かったとも言えるか。
それに、一生に1回と思えば、我慢もできるよね。
・・・ほんまに、これで鼻づまりから解消されるんだよね??
とりあえず、完全に治った時に鼻づまりのない生活が待っている事を期待しつつ・・・まだ抜けぬ疑似風邪状態で貯まった仕事を消化する日々が続きそうだ。
鼻づまりなんか嫌いだ!(1)
20年間悩まされていたアレルギー性鼻炎・鼻づまりに終止符を打つべく、「鼻中隔矯正術」&「粘膜下下甲介切開術」なる手術を受ける事になった。
俺の場合、アレルギー体質(主にハウスダウト)のみならず、鼻の中の左右のしきりが右側に歪んでいるせいで、ちょっとした事で右鼻が詰まりやすい構造になっているそうだ。(いわゆる鼻中隔湾曲症)
俺が受ける手術は、こんな感じの手術らしい。
http://www.iwano-jibika.or.jp/pages/operation/03-2.html
これに加え、どっかの粘膜を焼いてアレルギー反応を起こさなくするとか、医師が言っていたような気がする。
--------------------------------
中学生の頃から、頑固な鼻づまりに悩まされており、定期的に耳鼻科に通っていた。
だけど医師はいつも、ちゃっちゃと薬を塗ってくれるだけで、あとは一時的な効き目しかない薬をくれるのみだった。
引っ越し等の都度、いくつかの耳鼻科に行ってみたが、どこも同じだ。
10年程前、総合病院でレーザー照射手術を受けてみた。
アレルギーを起こす粘膜を、レーザーで焼いてガビガビにしてしまうというモノらしい。
30分くらいの施術で、そのあと2〜3回の通院で足りるという画期的なものに見えた。
実際、その後しばらくは鼻づまりが改善した。
だけど、効果は半年〜1年しかもたなかった。
それくらいじゃ、粘膜って再生してしまうんだね。
同じ頃、ネットにて鼻中隔湾曲症の治療手術があると知った。
粘膜を切り開いて、骨を削るというモノらしい。
これを受けた人達の体験談を読むと、「なんで今まで手術しなかったのか」と思えるほど、鼻の通りが良くなるという。
だけどその為には、1週間程度の入院が必要で、しかも手術は相当痛く、術後は苦しいとの事だった。
・・・・かなり敷居が高い手術だなぁ。
その後も年に3〜4回、耳鼻科に通い、それ以外は市販の飲み薬&点鼻薬でその場をしのぐという日々が続いた。
どうも、町の耳鼻科医達は、俺達の事を「一生続く金ヅル」とでも思っているのだろーか?(被害妄想モード)
鼻洗浄機や自宅ネブライザーも合計3台購入したが、洗浄や片づけの面倒くささのワリに効果が実感できず、やがて埃を被る事となっていった。
--------------------------------
どの仕事でもそうなのかもしれないが、俺の仕事も、頭が回転してナンボであり、その為には鼻づまりは天敵と言ってよい。
だからつい、使用後すぐに鼻通りが良くなる点鼻薬に手が伸びてしまう。
だけど使いすぎると、耐性ができてしまい効かなくなり、結局は町の耳鼻科医にすがる事になる。
どうして、空気を通すべき役割を持つ鼻道が詰まるのか?
そりゃあ、埃や悪い空気を濾過し、ウイルスの侵入を防ぐという役割を担っているのは分かるが、常時詰まったら鼻道の存在意義ないやん!
自分の鼻にムカついた俺は、鏡を見ながら綿棒にて、詰まった鼻の中をつついてみた。
鼻の中は、ピンク色に膨らんだ粘膜で塞がっており、綿棒でつついても改善する様子はなかった。(当然か)
--------------------------------
専門的な事は分からないが、最近になり内視鏡の進歩や、手術技術の向上等により、鼻中隔湾曲症が日帰り手術で受けれるようになったと聞いた。
ネットで検索したところ、「日帰り手術」をうたっている病院はそう多くないものの、隣の区に1件ある事が判明した。
ネット情報がどこまで信頼できるか分らないが、個人医でありながらCTも設置して、積極的に手術療法を行っている医師であるらしい。
3ヶ月程前のある日、その耳鼻科医まで行き、早速、鼻を診てもらった。
医師:「かなり鼻中隔が右に曲がってますねぇ。しかも粘膜がパンパンに腫れてます」
俺:「でしょう?これが手術で改善するのでしたら、是非ともお願いします。」
医師:「手術の予定は2ヶ月半は埋まっていて、3月上旬になりますが宜しいですか?」
俺:「もちろん。それまでは通常の薬でしのぎますので、宜しくお願いします。」
2時間の待ち時間と、10分の診断で、今回の手術は決まったんだ。
--------------------------------
日帰り手術って事は、俺の数少ない経験では、10年前に受けたレーザー手術とか、あるいは親知らずの抜歯に相当する事になる。
それ以上に重い手術なら、「日帰り」じゃない筈だしね。
この時、俺はその程度に考えていた。
だけど、手術前週となり、手術の詳細を聞いたところ・・・
(1)数年前までは1週間程度入院する手術と、同等の手術である
(2)3日間は詰め物が鼻に詰まっており、全く鼻が使えない状態になる
(3)しかも3日間、38度程度の発熱が出る可能性がある
(4)その後、少しずつ脱脂綿を取り、カサブタを取り出す為の通院が必要となる
(5)1ヶ月は激しい運動&深酒を禁止
(6)完全に傷が治って快適な状態になるのは3ヶ月〜半年後
(番外)手術後、血の混じった涙がでる可能性があり、周囲が気持ち悪がるので注意
・・・めちゃくちゃ重い手術やん!
医師はハッキリ言わなかったが、もしかしてかなり痛いんとちゃうの??
そんなん、始めから聞いていたら、手術を受ける事を躊躇した筈だ。
そのせいで、水曜日しか有給申請していなかった仕事を急遽、木金も休む事になってしまった。
(続く)
俺の場合、アレルギー体質(主にハウスダウト)のみならず、鼻の中の左右のしきりが右側に歪んでいるせいで、ちょっとした事で右鼻が詰まりやすい構造になっているそうだ。(いわゆる鼻中隔湾曲症)
俺が受ける手術は、こんな感じの手術らしい。
http://www.iwano-jibika.or.jp/pages/operation/03-2.html
これに加え、どっかの粘膜を焼いてアレルギー反応を起こさなくするとか、医師が言っていたような気がする。
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中学生の頃から、頑固な鼻づまりに悩まされており、定期的に耳鼻科に通っていた。
だけど医師はいつも、ちゃっちゃと薬を塗ってくれるだけで、あとは一時的な効き目しかない薬をくれるのみだった。
引っ越し等の都度、いくつかの耳鼻科に行ってみたが、どこも同じだ。
10年程前、総合病院でレーザー照射手術を受けてみた。
アレルギーを起こす粘膜を、レーザーで焼いてガビガビにしてしまうというモノらしい。
30分くらいの施術で、そのあと2〜3回の通院で足りるという画期的なものに見えた。
実際、その後しばらくは鼻づまりが改善した。
だけど、効果は半年〜1年しかもたなかった。
それくらいじゃ、粘膜って再生してしまうんだね。
同じ頃、ネットにて鼻中隔湾曲症の治療手術があると知った。
粘膜を切り開いて、骨を削るというモノらしい。
これを受けた人達の体験談を読むと、「なんで今まで手術しなかったのか」と思えるほど、鼻の通りが良くなるという。
だけどその為には、1週間程度の入院が必要で、しかも手術は相当痛く、術後は苦しいとの事だった。
・・・・かなり敷居が高い手術だなぁ。
その後も年に3〜4回、耳鼻科に通い、それ以外は市販の飲み薬&点鼻薬でその場をしのぐという日々が続いた。
どうも、町の耳鼻科医達は、俺達の事を「一生続く金ヅル」とでも思っているのだろーか?(被害妄想モード)
鼻洗浄機や自宅ネブライザーも合計3台購入したが、洗浄や片づけの面倒くささのワリに効果が実感できず、やがて埃を被る事となっていった。
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どの仕事でもそうなのかもしれないが、俺の仕事も、頭が回転してナンボであり、その為には鼻づまりは天敵と言ってよい。
だからつい、使用後すぐに鼻通りが良くなる点鼻薬に手が伸びてしまう。
だけど使いすぎると、耐性ができてしまい効かなくなり、結局は町の耳鼻科医にすがる事になる。
どうして、空気を通すべき役割を持つ鼻道が詰まるのか?
そりゃあ、埃や悪い空気を濾過し、ウイルスの侵入を防ぐという役割を担っているのは分かるが、常時詰まったら鼻道の存在意義ないやん!
自分の鼻にムカついた俺は、鏡を見ながら綿棒にて、詰まった鼻の中をつついてみた。
鼻の中は、ピンク色に膨らんだ粘膜で塞がっており、綿棒でつついても改善する様子はなかった。(当然か)
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専門的な事は分からないが、最近になり内視鏡の進歩や、手術技術の向上等により、鼻中隔湾曲症が日帰り手術で受けれるようになったと聞いた。
ネットで検索したところ、「日帰り手術」をうたっている病院はそう多くないものの、隣の区に1件ある事が判明した。
ネット情報がどこまで信頼できるか分らないが、個人医でありながらCTも設置して、積極的に手術療法を行っている医師であるらしい。
3ヶ月程前のある日、その耳鼻科医まで行き、早速、鼻を診てもらった。
医師:「かなり鼻中隔が右に曲がってますねぇ。しかも粘膜がパンパンに腫れてます」
俺:「でしょう?これが手術で改善するのでしたら、是非ともお願いします。」
医師:「手術の予定は2ヶ月半は埋まっていて、3月上旬になりますが宜しいですか?」
俺:「もちろん。それまでは通常の薬でしのぎますので、宜しくお願いします。」
2時間の待ち時間と、10分の診断で、今回の手術は決まったんだ。
--------------------------------
日帰り手術って事は、俺の数少ない経験では、10年前に受けたレーザー手術とか、あるいは親知らずの抜歯に相当する事になる。
それ以上に重い手術なら、「日帰り」じゃない筈だしね。
この時、俺はその程度に考えていた。
だけど、手術前週となり、手術の詳細を聞いたところ・・・
(1)数年前までは1週間程度入院する手術と、同等の手術である
(2)3日間は詰め物が鼻に詰まっており、全く鼻が使えない状態になる
(3)しかも3日間、38度程度の発熱が出る可能性がある
(4)その後、少しずつ脱脂綿を取り、カサブタを取り出す為の通院が必要となる
(5)1ヶ月は激しい運動&深酒を禁止
(6)完全に傷が治って快適な状態になるのは3ヶ月〜半年後
(番外)手術後、血の混じった涙がでる可能性があり、周囲が気持ち悪がるので注意
・・・めちゃくちゃ重い手術やん!
医師はハッキリ言わなかったが、もしかしてかなり痛いんとちゃうの??
そんなん、始めから聞いていたら、手術を受ける事を躊躇した筈だ。
そのせいで、水曜日しか有給申請していなかった仕事を急遽、木金も休む事になってしまった。
(続く)
2009年02月10日
今年の課題?
以前と比べたら、ほんと驚くほどに日記を書かなくなっているなぁ。
一番の要因は、仕事において現場を管理する立場となり、以前のように「自己の割当さえ消化すれば良い」では済まなくなったせいだろう。
常識的に考えて、こういう日記は自宅でプライベートの時間で書くべきだろう。だけど俺の場合、自宅に戻るとやりたい事がありすぎて、その中に「独り黙々とパソコンに向かって日記を書く」という選択はない。
すなわち、ココで頻繁に書いている時期(05年〜07年)、俺はほとんど仕事中に書いていた。とはいっても、主観的にはサボっている訳ではなく(←客観的にはサボっているのだろうな)、昼食後の昼休みだったり・仕事で頭が疲れた際の気分転換だったりしたんだ。
ところが今は、自分の受け持ちをこなすだけじゃだめで、部下・後輩に気を配りつつ、上司に報告を行い、クライアントからの相談に対応しつつ交渉するという総合的な対応を求められており、普通の会社でいうとまさしく中間管理職って事なんだろう。そのような環境下では、さすがに仕事中に黙々と日記を書く余裕なんてない。
ここであまり書かなくなった理由のもう1つは、おそらくは心境の変化によるものだろう。
まー、一言でいうと、以前ほどには露悪趣味じゃなくなってきたって事かな?
相方と俺の関係に大きな変化はないし、相方が隠れて悪さをしているんじゃないか?と思える兆候も時々感じる一方、俺だって人の事を言えなかったりするんだけど、そういうのは数年前とあまり変わっていない。
ただ、俺も相方も、仕事については「今までは悪くない。だけど次はどうする??」という重大な問題に直面しているんだ。
これだけ不景気だと、新しい事を始めようという風潮ではなく、ついつい安定を求めてしまうよね。
俺に関していうと、今の事務所に留まり続けるという選択肢は悪くない。
給料は普通の会社よりイイし、何より俺の属する業界においては「勝ち組」であり、さらに業界の最前線にいる事務所だ。
だけどそれが故に、ココはあまりにも閉鎖的で、組織は硬直していて息苦しいんだ。
もし、俺が大学卒業後にすぐに資格を取得してココに就職しており、さらにノンケで妻子がいたならば・・・
この事務所で「登りつめる事」を目標としたかもしれないな。
だけど今の俺は、出世欲が希薄で、しかも組織に固執しようと思えないんだ。世迷い事と思われるかもしれないが、仕事もプライベートもバランス良く楽しみながら歳を重ねていきたいんだ。
だから、根拠が不明な社内ルールにばかりに縛られて、偉くなる程にどうでもいい事に時間を割かれて、社内でだけ権威をひけらかす事を至上とは思えないんだ。
とはいえ、「規則規則で息苦しいから、さらに弱肉強食で殺伐としているから、こんな所は辞めてやる!」という程には不満は強くなく、むしろ「ココでしかできない事があるのだから、ココにいる間に学べる事は学んでおこう」と思っている。
それならば、「ずっとココにて、出世とか権力を意識せず、マイペースに仕事をしていればイイじゃん?」とも思うのだけど、
「1人で生きていけるだけの”強い武器”が欲しくて、苦労してこの資格を取得したのに、なんで組織にしがみ付いているんだ?」と非難する自分がいて、
また一方で、「動くならば40歳までに動かないと機動性が失われるぞ?」と指摘する自分もいて、
さらに「自分より5歳年下でありながら、自分より5年早く○○士となった上司に社内では絶対に勝ち目がない事」にも時々嫌気がさしたり・・・
ほんま、ええ歳こいて、俺は迷える子羊のようだな。
一般の人に「職業は○○士です」なんて言うと、ほとんどの人が「うわーすごい!賢いんですね!」と言う。
だけど俺自身は、その評価は正当ではなく、「むしろ自分は要領が悪い愚か者。だけど諦めが悪い事に加え、自己への欲求が強い」と認識している。
そして、俺が務める事務所には近畿だけで300人以上の○○士が務めている。さらに、数年後に○○士としての資格を得る、若手の見習いも400人以上いる。
すなわち、ココでは○○士という資格は「前提条件」にしか過ぎず、裸の人間として「何ができるか」が求められている訳だね。
この巨大事務所を辞める人間は、「能力的についていけなくなった人間」と「ここ以外でやりたい事が見つかった人間」の2種類だ。
去年退職した「年上の後輩M」はもちろん前者であるが、俺は後者の辞め方をしなければならない。
その為に、俺は今何をして、将来何をすればイイ??
「漠然としたイメージ」は頭の中にある。
だけど、その為の具体的な方法や糸口がまだ見えていない。
09年は、それをより明確にする1年にしたいと思うんだ。
・・・と2月の半ばに書くのは変だけど、これが俺の今年の最大の課題としよう。
とりあえず、12月〜1月は破綻しかけの会社を担当していた為、休む暇もなく働いていたよ。
2月は少し暇ができそうなので、来週は1週間休暇をとったので、相方と一緒に北海道でスノーボードをやってこよう。
それが終わると、「次」に向けて動き出すんだ。
一番の要因は、仕事において現場を管理する立場となり、以前のように「自己の割当さえ消化すれば良い」では済まなくなったせいだろう。
常識的に考えて、こういう日記は自宅でプライベートの時間で書くべきだろう。だけど俺の場合、自宅に戻るとやりたい事がありすぎて、その中に「独り黙々とパソコンに向かって日記を書く」という選択はない。
すなわち、ココで頻繁に書いている時期(05年〜07年)、俺はほとんど仕事中に書いていた。とはいっても、主観的にはサボっている訳ではなく(←客観的にはサボっているのだろうな)、昼食後の昼休みだったり・仕事で頭が疲れた際の気分転換だったりしたんだ。
ところが今は、自分の受け持ちをこなすだけじゃだめで、部下・後輩に気を配りつつ、上司に報告を行い、クライアントからの相談に対応しつつ交渉するという総合的な対応を求められており、普通の会社でいうとまさしく中間管理職って事なんだろう。そのような環境下では、さすがに仕事中に黙々と日記を書く余裕なんてない。
ここであまり書かなくなった理由のもう1つは、おそらくは心境の変化によるものだろう。
まー、一言でいうと、以前ほどには露悪趣味じゃなくなってきたって事かな?
相方と俺の関係に大きな変化はないし、相方が隠れて悪さをしているんじゃないか?と思える兆候も時々感じる一方、俺だって人の事を言えなかったりするんだけど、そういうのは数年前とあまり変わっていない。
ただ、俺も相方も、仕事については「今までは悪くない。だけど次はどうする??」という重大な問題に直面しているんだ。
これだけ不景気だと、新しい事を始めようという風潮ではなく、ついつい安定を求めてしまうよね。
俺に関していうと、今の事務所に留まり続けるという選択肢は悪くない。
給料は普通の会社よりイイし、何より俺の属する業界においては「勝ち組」であり、さらに業界の最前線にいる事務所だ。
だけどそれが故に、ココはあまりにも閉鎖的で、組織は硬直していて息苦しいんだ。
もし、俺が大学卒業後にすぐに資格を取得してココに就職しており、さらにノンケで妻子がいたならば・・・
この事務所で「登りつめる事」を目標としたかもしれないな。
だけど今の俺は、出世欲が希薄で、しかも組織に固執しようと思えないんだ。世迷い事と思われるかもしれないが、仕事もプライベートもバランス良く楽しみながら歳を重ねていきたいんだ。
だから、根拠が不明な社内ルールにばかりに縛られて、偉くなる程にどうでもいい事に時間を割かれて、社内でだけ権威をひけらかす事を至上とは思えないんだ。
とはいえ、「規則規則で息苦しいから、さらに弱肉強食で殺伐としているから、こんな所は辞めてやる!」という程には不満は強くなく、むしろ「ココでしかできない事があるのだから、ココにいる間に学べる事は学んでおこう」と思っている。
それならば、「ずっとココにて、出世とか権力を意識せず、マイペースに仕事をしていればイイじゃん?」とも思うのだけど、
「1人で生きていけるだけの”強い武器”が欲しくて、苦労してこの資格を取得したのに、なんで組織にしがみ付いているんだ?」と非難する自分がいて、
また一方で、「動くならば40歳までに動かないと機動性が失われるぞ?」と指摘する自分もいて、
さらに「自分より5歳年下でありながら、自分より5年早く○○士となった上司に社内では絶対に勝ち目がない事」にも時々嫌気がさしたり・・・
ほんま、ええ歳こいて、俺は迷える子羊のようだな。
一般の人に「職業は○○士です」なんて言うと、ほとんどの人が「うわーすごい!賢いんですね!」と言う。
だけど俺自身は、その評価は正当ではなく、「むしろ自分は要領が悪い愚か者。だけど諦めが悪い事に加え、自己への欲求が強い」と認識している。
そして、俺が務める事務所には近畿だけで300人以上の○○士が務めている。さらに、数年後に○○士としての資格を得る、若手の見習いも400人以上いる。
すなわち、ココでは○○士という資格は「前提条件」にしか過ぎず、裸の人間として「何ができるか」が求められている訳だね。
この巨大事務所を辞める人間は、「能力的についていけなくなった人間」と「ここ以外でやりたい事が見つかった人間」の2種類だ。
去年退職した「年上の後輩M」はもちろん前者であるが、俺は後者の辞め方をしなければならない。
その為に、俺は今何をして、将来何をすればイイ??
「漠然としたイメージ」は頭の中にある。
だけど、その為の具体的な方法や糸口がまだ見えていない。
09年は、それをより明確にする1年にしたいと思うんだ。
・・・と2月の半ばに書くのは変だけど、これが俺の今年の最大の課題としよう。
とりあえず、12月〜1月は破綻しかけの会社を担当していた為、休む暇もなく働いていたよ。
2月は少し暇ができそうなので、来週は1週間休暇をとったので、相方と一緒に北海道でスノーボードをやってこよう。
それが終わると、「次」に向けて動き出すんだ。
2009年01月21日
ある夜の日常会話
ども。久しぶりです。
ウチの事務所の健康保険組合では、各個人に付与されたポイントで健康関連グッツの購入ができるんです。
で、未使用の90,000ポイント(=90,000円分)が3月末に失効するの事なので、昨夜は相方と一緒に健康関連グッツのリストを見ていたんだ。
俺:90,000円分も一気に使いきれんよなぁ。
相方:とりあえず、このパナソニックのナノケア(38,000ポイント)が欲しい〜。これでお肌ツルツルになって、「綺麗なお兄さん」になるよ♪
俺:・・・・・。まぁ、他に欲しいもんがないから、ええけど。
俺:おっ、ワコールのクロスウォーカー(歩くことでカロリー燃焼を促すパンツ)があるやん。これを何枚か買おうっと。
相方:俺も欲しい〜っ!
俺:ええよ。サイズは何? L? それともLL?
相方:う〜ん? Lかなぁ?
俺:ほんまかぁ? Lはウェストが84cm〜94cmだって。お前はいくつなん?
相方:ずっと前に測った時は80cm台だったような・・・。
俺:(相方の腰を見て)んな訳ないやろー。
俺:じゃ、今から俺がお前のウェストを測ってやるわ。(メジャーを出してくる)
相方:うわっ、ええよ。そんなんせんで。
俺:あほぅ。せっかく買って、サイズが合わなかったら勿体ないやろ。息を吸って腹をへこませたりせんと、正確に測らせろや。
測定完了。
俺:お前のウェストは・・・103cm。 サイズはLLやな。
相方:・・・・・・。
俺:まさかウェストで100超えているとはなぁ。確か、ドラえもんのスリーサイズって、100・100・100だっけ? お前もそんな感じやな。
相方:・・・・・・。
以上、付き合って9年目の男カップルの日常会話でした。
ウチの事務所の健康保険組合では、各個人に付与されたポイントで健康関連グッツの購入ができるんです。
で、未使用の90,000ポイント(=90,000円分)が3月末に失効するの事なので、昨夜は相方と一緒に健康関連グッツのリストを見ていたんだ。
俺:90,000円分も一気に使いきれんよなぁ。
相方:とりあえず、このパナソニックのナノケア(38,000ポイント)が欲しい〜。これでお肌ツルツルになって、「綺麗なお兄さん」になるよ♪
俺:・・・・・。まぁ、他に欲しいもんがないから、ええけど。
俺:おっ、ワコールのクロスウォーカー(歩くことでカロリー燃焼を促すパンツ)があるやん。これを何枚か買おうっと。
相方:俺も欲しい〜っ!
俺:ええよ。サイズは何? L? それともLL?
相方:う〜ん? Lかなぁ?
俺:ほんまかぁ? Lはウェストが84cm〜94cmだって。お前はいくつなん?
相方:ずっと前に測った時は80cm台だったような・・・。
俺:(相方の腰を見て)んな訳ないやろー。
俺:じゃ、今から俺がお前のウェストを測ってやるわ。(メジャーを出してくる)
相方:うわっ、ええよ。そんなんせんで。
俺:あほぅ。せっかく買って、サイズが合わなかったら勿体ないやろ。息を吸って腹をへこませたりせんと、正確に測らせろや。
測定完了。
俺:お前のウェストは・・・103cm。 サイズはLLやな。
相方:・・・・・・。
俺:まさかウェストで100超えているとはなぁ。確か、ドラえもんのスリーサイズって、100・100・100だっけ? お前もそんな感じやな。
相方:・・・・・・。
以上、付き合って9年目の男カップルの日常会話でした。
2008年12月16日
駆け抜ける日々
もう、1か月以上も書いていないんだね。
今までみたく、「仕事のちょっと気晴らしに〜」という余裕がなくなってしまったからだろうな。
この秋になり、ますます仕事の責任が高まった事に加え、担当する複数のクライアントが非常に困難な状況に陥っているんだ。
12月。
今、俺は後輩○○士を5人引き連れて、ある会社を担当しているんだけど、これが人間の身体でいうと「危篤」「瀕死」に近い状態で・・・・
さしずめ俺は、危篤患者(しかもVIP)を担当する医師団のチーフといったところだろーか?
もちろん、企業は人とは違うから、生物上の「死」は存在しない。
だけど、1つの企業には何百人の生活と将来がかかっている。
それは、生物上の命とは異なる次元でありながらも、前者に負けず劣らず大切な事で・・・
だからこそ俺は、企業の生死にも関わるこの職業に就いた以上は、流れ作業的な仕事ではなく、全力をもって担当する会社にブチ当たっていきたい。
この1〜2ヶ月、仕事のせいで絶えず緊張した状態にあり、休みの日も様々な対応に追われ、「完全に仕事を忘れた休日」をとることができずにいる。
「非仕事人間」な俺にとって、それはストレスであるんだけど、ここまで俺自身を必要とされる事も光栄に思うんだ。
そりゃあ、こちらは組織で動いており、俺もその一員に過ぎないんだけど、
それでも「自分がチームの要である」「自分がこのクライアントに最も精通している」という自覚は確かにあり、
結果的に忙しくなっても、それに応じた報酬を得て、さらにそんな自分を慰労する為に、休日は散財したりして・・・
この不況なご時世に、俺は結構恵まれているんだと思う。
----------------------------------------------------------------------------------------
ゲイ活動方面では、仕事の反作用として落ち着いた日々を送っているよ。
以前書いたイントラのセクフレとは、意識的に自然消滅させたんだね。
あのナイスな腹筋に触れることができないのは残念だし、エッチの相性もかなり良かったんだけど、
向こうから見た俺は「(彼にとっての)前彼時代のセクフレ」で、俺と出会った後に今の恋人と付き合い始めており、
今彼と付き合って1年も経たない現時点では、俺の存在は不要なんだろうなぁ。
それが、彼のいくつかの言動に表れていたから、俺のほうから身を引き、彼も俺を追ってこなかったんだ。
ほんとは、彼からもう少し歩み寄ってほしかったんだけど、
(といっても、待ち合わせ時間を過ぎてからドタキャンしない、なんていう初歩的な事なんだけど)
所詮俺達はセクフレなんだから、相手に律儀さや誠実さを求める権利なんてないんだろう。
俺のいくつかの経験から考えるに、「友情関係や敬意の存在しないセクフレ関係」の寿命は1年が限界って事なんだろうなぁ。
ちょっと、寂しい気もするけどね。
とはいえ、今の俺に「何もない」という訳でもなく、まぁそれなりに人生を楽しんでいます。
もう、こうなると「不良中年」まっしぐらって感じやね!
----------------------------------------------------------------------------------------
で、肝心の相方とも、うまくやっているよ。
彼も相変わらず浮気性であり、前回の浮気が発覚したのは9月だから、周期的にはあと1〜2ヶ月で「悪い虫」が騒ぎ始めるはずなんだけどね。
年が明けてしばらく経つと、俺達が出会って9年になる。
いつの間にか、あれだけ思い入れがあった「初代彼氏」と付き合った期間の2倍の時間を、俺達は付き合っているんだね。
俺は何歳まで生きるのか分からないけど、その人生の何分の1かを相方と共有しているのも事実な訳だ。
こういうマイノリティ同士の縁で、こうも自然に一緒にいられる関係って、ものすごい確率の中で生まれたものだと思うから・・・
相方との関係を今後も大切にして、2人の時間を積み上げていきたいと思うよ。
上に書いたことと矛盾しているように見えるだろうけどね。
----------------------------------------------------------------------------------------
この1年。
結果的には、「順風満帆」と表現しても良い1年だったと思う。
三十路後半となっても、いくつかの素晴らしい出会いに恵まれたし、深めていきたい人達とは深まる事もできたように思う。
仕事も順調で、自分にとって必要であった「ある目標」を達成する事ができたし、一方で、家族&大切な人達はみんな元気に過ごしてる。
人生なんて、イイ事ばかりが続くはずなないし、いつか苦難や挫折が俺にも訪れるだろう。
親もエエ歳だから、あと数年後に何があったとしても不思議じゃないしね。
だから、その時が訪れてから後悔したりはしないように、「今を過ごせる事」に感謝しつつも、貪欲に「今なしえる事」をやっていきたいと思うんだ。
今の俺は、沢山のものに恵まれており、結構、幸せだと思う。
だけどまだ、俺には欲しいものが・見たいものが・触れたいものが、沢山あるんだ。
今までみたく、「仕事のちょっと気晴らしに〜」という余裕がなくなってしまったからだろうな。
この秋になり、ますます仕事の責任が高まった事に加え、担当する複数のクライアントが非常に困難な状況に陥っているんだ。
12月。
今、俺は後輩○○士を5人引き連れて、ある会社を担当しているんだけど、これが人間の身体でいうと「危篤」「瀕死」に近い状態で・・・・
さしずめ俺は、危篤患者(しかもVIP)を担当する医師団のチーフといったところだろーか?
もちろん、企業は人とは違うから、生物上の「死」は存在しない。
だけど、1つの企業には何百人の生活と将来がかかっている。
それは、生物上の命とは異なる次元でありながらも、前者に負けず劣らず大切な事で・・・
だからこそ俺は、企業の生死にも関わるこの職業に就いた以上は、流れ作業的な仕事ではなく、全力をもって担当する会社にブチ当たっていきたい。
この1〜2ヶ月、仕事のせいで絶えず緊張した状態にあり、休みの日も様々な対応に追われ、「完全に仕事を忘れた休日」をとることができずにいる。
「非仕事人間」な俺にとって、それはストレスであるんだけど、ここまで俺自身を必要とされる事も光栄に思うんだ。
そりゃあ、こちらは組織で動いており、俺もその一員に過ぎないんだけど、
それでも「自分がチームの要である」「自分がこのクライアントに最も精通している」という自覚は確かにあり、
結果的に忙しくなっても、それに応じた報酬を得て、さらにそんな自分を慰労する為に、休日は散財したりして・・・
この不況なご時世に、俺は結構恵まれているんだと思う。
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ゲイ活動方面では、仕事の反作用として落ち着いた日々を送っているよ。
以前書いたイントラのセクフレとは、意識的に自然消滅させたんだね。
あのナイスな腹筋に触れることができないのは残念だし、エッチの相性もかなり良かったんだけど、
向こうから見た俺は「(彼にとっての)前彼時代のセクフレ」で、俺と出会った後に今の恋人と付き合い始めており、
今彼と付き合って1年も経たない現時点では、俺の存在は不要なんだろうなぁ。
それが、彼のいくつかの言動に表れていたから、俺のほうから身を引き、彼も俺を追ってこなかったんだ。
ほんとは、彼からもう少し歩み寄ってほしかったんだけど、
(といっても、待ち合わせ時間を過ぎてからドタキャンしない、なんていう初歩的な事なんだけど)
所詮俺達はセクフレなんだから、相手に律儀さや誠実さを求める権利なんてないんだろう。
俺のいくつかの経験から考えるに、「友情関係や敬意の存在しないセクフレ関係」の寿命は1年が限界って事なんだろうなぁ。
ちょっと、寂しい気もするけどね。
とはいえ、今の俺に「何もない」という訳でもなく、まぁそれなりに人生を楽しんでいます。
もう、こうなると「不良中年」まっしぐらって感じやね!
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で、肝心の相方とも、うまくやっているよ。
彼も相変わらず浮気性であり、前回の浮気が発覚したのは9月だから、周期的にはあと1〜2ヶ月で「悪い虫」が騒ぎ始めるはずなんだけどね。
年が明けてしばらく経つと、俺達が出会って9年になる。
いつの間にか、あれだけ思い入れがあった「初代彼氏」と付き合った期間の2倍の時間を、俺達は付き合っているんだね。
俺は何歳まで生きるのか分からないけど、その人生の何分の1かを相方と共有しているのも事実な訳だ。
こういうマイノリティ同士の縁で、こうも自然に一緒にいられる関係って、ものすごい確率の中で生まれたものだと思うから・・・
相方との関係を今後も大切にして、2人の時間を積み上げていきたいと思うよ。
上に書いたことと矛盾しているように見えるだろうけどね。
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この1年。
結果的には、「順風満帆」と表現しても良い1年だったと思う。
三十路後半となっても、いくつかの素晴らしい出会いに恵まれたし、深めていきたい人達とは深まる事もできたように思う。
仕事も順調で、自分にとって必要であった「ある目標」を達成する事ができたし、一方で、家族&大切な人達はみんな元気に過ごしてる。
人生なんて、イイ事ばかりが続くはずなないし、いつか苦難や挫折が俺にも訪れるだろう。
親もエエ歳だから、あと数年後に何があったとしても不思議じゃないしね。
だから、その時が訪れてから後悔したりはしないように、「今を過ごせる事」に感謝しつつも、貪欲に「今なしえる事」をやっていきたいと思うんだ。
今の俺は、沢山のものに恵まれており、結構、幸せだと思う。
だけどまだ、俺には欲しいものが・見たいものが・触れたいものが、沢山あるんだ。




